小説

『満開の花が咲き誇る日を』ウダ・タマキ(『オオカミ少年』)

よっぽど慣れない手つきだったのだろう。「さぁ、もっと吸い込んで」というおじいさんの言葉通りにして、初めて煙草の先端に赤い炎が灯った。そして、同時に激しく咽せた。思わず煙草を灰皿に捨てる。ジュッと湿った音がした。口の中には充満した苦味とエグ味がしつこく残っていた。
「あんた、良いこと教えてやろうか」
 僕の吐き出した白い煙に燻されながらおじいさんが言った。まるで、僕の不幸話を全て聞き終え、哀れな青年にせめてもの幸福を分け与えようとするかのように。しかし、実際に交わした会話は僕の浮かない顔を指摘され、そして返した一言だけ。
「わしはなぁ、若い頃に世界を飛び回って仕事をしてたんだ。アジア、アメリカ、ヨーロッパ、オセアニア、アフリカ。数え上げるとキリがないくらいにな」
 おじいさんは七十代後半くらいだろうか。世界を股にかけて仕事をしていたとは興味深いが、それが今の僕にとって良いことかと言われると、決してそうではない。
「それはすごい話ですが、僕には世界の話なんて」
「広い世界には色々な物が溢れている。こんな小さな街ではお目にかかれないような珍しい物や美しい物がな。それらを日本に持ち帰って売り捌く。簡単に言うと、わしはそんな仕事をしていた」
「はぁ・・・・・・」
 おじいさんは大きな身振りを交えながら力強く語った。海外を飛び回っていたというだけあって、それはごく自然な振る舞いなのだろう。
「だから、あんたに言いたい。世界は希望に満ち溢れている。何か嫌なことがあったようだが、人生はまだまだこれからだ、いいな?」
 おじいさんは僕に顔を近付け、語気を強めて言った。圧倒された僕は「はい」と、か細い声で返した。
「何かあったら、また来い。わしはいつでもここにいる。遠慮するな」
 その一方的な言葉を最後に、僕はその場を去った。
 なぜ、あんなに偉そうな態度で言われたのだろう。なぜ、人の話も聞かず、自分の話を僕に押し付けたのか。おじいさんと別れてから冷静になって考えると、そんなことばかりが頭の中を巡る。それでも、本当に頭に血が昇るほどの苛立ちは感じていなかった。
 長く白い髭を蓄え、肩にかかる長さの白い髪はターコイズコンチョがついたゴムで一つに束ねられていた。青いチェックのシャツにジーンズを履いたその容姿は、この田舎町に暮らすおじいさんとは少し雰囲気が違う。僕はそんなおじいさんに惹きつけられる何かを感じていたようだ。その証拠に、僕は翌日も田中商店に足を運んでいた。そして、おじいさんとの交流が始まった。

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