小説

『満開の花が咲き誇る日を』ウダ・タマキ(『オオカミ少年』)

 鮮やかな青い空を背景に、淡いピンクの花が風に揺れる。満開のソメイヨシノを見上げて、なんでこんな場所に来たんだろうって、今更ながら後悔している。綺麗だな、なんて僅かでも心が動いた自分が嫌だった。いや、そう感じられる僕は、まだ大丈夫なんだろうか。わからない。
 こんなに憂鬱な気分で迎える春は二十回目にして初めてだ。まぁ、最初の数回の春の記憶なんて、ないに等しいけれど。とにかく、僕の人生は、この先ずっと花が咲かないまま終焉を迎えるんじゃないか、なんてことを考えたりする。長い人生において、たかが二回の大学受験の失敗くらい、人生の糧だと思えるようになる未来はあるのだろうか。僕にそんな時が訪れる気は・・・・・・しない。
 これまでの僕の人生は、この世に存在するあらゆる不幸を集めて綴られてきたようにさえ思える。幼い頃の両親の離婚に始まり、学校でのいじめ、交通事故には二度も遭った。最近では一緒に暮らす母親に病気が見つかり、時同じくして知らされた二年連続の受験失敗。
 自分でも考えることはある。これくらい、大したことじゃない、他にはもっと辛い思いをしている人がいるんだって。しかし、僕には僕という人物を形成する外の世界との境界線があって、他の人とは完全に区別されているから、誰かの気持ちや感情を知る術などない。自分の抱える不幸こそ、この世で最高、最悪だ。

 舞い散った一枚の花びらが鼻をかすめた。ふと、我に返る。重い腰を上げて、とぼとぼと、歩き出す。

 おじいさんとの出会いは、公園からの帰り道だった。日向橋を渡り、道がY字に分かれるちょうど真ん中のところ。そこに昔から佇む、言わばこの街のコンビニのような田中商店前のベンチに腰掛け、煙草を燻らせていたのが、おじいさんだった。
「浮かない顔してどうした?」
 それが初対面の僕に向けられた言葉。正確には、まだ対面していなかった。おじいさんの前を通り過ぎた時、突如として投げかけられた言葉がそれだった。
 普通ならトラブルにさえなり得る状況も、僕にとっては少し強めの風が吹き抜けたくらいのものだった。
「そんな顔してますか?」
 おじいさんは黙って頷いた。僕は素直にやっぱりか、と思った。自分でも分かっていたから。
「まぁ、一本どうだ」
 非喫煙者の僕だったが、箱から飛び出た一本の煙草を人差し指と中指に挟み、おじいさんの擦ったマッチに顔を近付けた。断るのは野暮に思えた。

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