エプロンをほどきながら、その人は言った。僕がぼんやりしているうちに、正面に少し突き出したような形の制帽を頭に乗せて、両手にはいつのまにか、白い手袋をはめていた。
「『おしまい』とは、そういう意味なんですね」
テーブルを撫でると、クロスがしっとりと肌に吸い付いて、少し寂しい気持ちになった。修哉のことを思い出す時はいつもそうだった。けれど、しっかりとクロスに触れるまでは、今までよりも朗らかでいたように思う。
「最後の晩餐には、やはり最後のメニューがふさわしいと。先代はそのように言っておりました」
料理を前にした時の感情がどういうものだったのか、言葉にするのは難しかったが、心は確かにあたたかだった。何より、その時浮かんだ修哉の顔は、一点の曇りもなく笑っていた。
「そろそろ出発の時間です」
遠くの方で、ピーッと鋭い警笛が鳴る。ズボンのポケットを探ると、古びた切符が二枚出てきた。店はすっかりあの日の駅舎に様変わりをしていて、僕は一人、ホームに立っているのだった。
「さあ、お乗りください。お連れ様がお待ちですよ」
すぐ脇に、円筒形をした大きな列車が停まっていた。中の様子は見えないが、そこにはきっと、修哉がいるのだろうと思った。
本当にずいぶん遠くまで来たものだと、僕はこれまでの記憶をたぐった。修哉がいなくなってから、途方もなく長い時間が経っていた。けれどそれは、すべてあっというまに過ぎ去って、喫茶店で本を読み終えた後みたいな、何とも言えないざわめきが、胸の中に残るだけだった。
「ねえ、ちょっと、君……」
入り口の段差に足をかけたところで、僕はひとつ思い立って、その人を呼び止めた。
「妻に、あのアジフライを出す時は、食後に牛乳の寒天を添えてやってくれないか。彼女は、僕の作る寒天が好きだったから……」
「ええ。かしこまりました」
閉まるドアの向こうで、その人は心が晴れ晴れとするような敬礼をしてみせた。
僕はポケットの中で切符を握りしめる。通路を歩く足が、小さく震えていた。