小説

『バーテンさん、話を聞いてください。』真銅ひろし(『安珍・清姫伝説』)

 戻って来た吉木君が聞いてくる。気が付くとワインが空になっていた。
「じゃあおかわり。」
「はい。」
 そう言ってグラスにワインを注ぐ。
「もう一回ちゃんと話そうと思う。メールは今日は返さない。」
「そうですか。その方がいいかもしれないですね。」
 吉木君は微笑む。
「この結末はどうなるかな?」
「僕に聞くんですか?」
「無事で別れられると思う?」
「どうでしょうか・・・無傷ではないと思います。」
「だよね。」
 苦笑する。
「余計な話かも知れないんですが、『安珍・清姫伝説』って分かりますか?」
「あんちんきよひめ?知らない。」
「昔話なんですが、安藤さんの状況に似てるなって思いまして。」
「どんな話?幸せになる話じゃなきゃ嫌だよ。」
「じゃあ止めときます。」
「いいよ、教えて。何。」
「じゃあ・・・昔、安珍と言う修行僧と清姫と言う女性がいたんです。清姫は安珍に一目惚れをしたんですが、安珍はその思いに気を持たせるような曖昧な事を言ってはぐらかし、清姫から逃げてしまったんです。そしてその事に清姫は怒って安珍を追いかけました。その執念はやがて清姫を大蛇へと変身させました。そしてとうとう安珍を追い詰めたんです。」
「それで、追い詰めてどうしたの?」
「安珍はお寺の人間に頼み込み、鐘を地面に降ろしてもらいその中に隠れました。しかし清姫は情念の炎で鐘ごと焼き尽くそうとしました。」
「・・・安珍は助かったの?」
「安珍は残念ながら、焼き尽くされて灰になってしまいました。そして清姫も入水して自ら命を絶ちました。」
「・・・終わり?」
「はい、終わりです。」
 真顔で答える。
「最悪で終わってるね。」
「一応心づもりはされた方がいいかと思いまして。」
「心づもりね・・・一応ね。」
 ワインを一口飲み、グラスに入ったワインを見つめる。最悪の結末かもしれないが、吉木君の言っている事はもっともだ。もしかしたら穏便に済ませる事が出来るかもしれないと心のどこかで淡い期待を抱いていた。そんな簡単な訳がない。きっと現実は『安珍・清姫伝説』のように恐ろしいだろう。
「まさか焼き殺されはしないよね。」

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