小説

『夜空の月』吉岡幸一(『かぐや姫』)

「方法なんてない。こうやって話す前にたくさん考えてみたの。でもいい方法なんてなかったのよ」
「ぼくも考えるから。きっとみつかるから」
 和也は目を綴じて考えはじめましたが口はなかなか開きませんでした。仕方がありません。実家から離れられない姫子の母、その母の面倒をみたい娘の姫子、ついて行きたくても夢を諦められない婚約者の和也、この三人皆が望む形になるのは不可能にしか思えません。
 姫子はしばらく考え込む和也を見た後で、背中をむけて「さようなら」と小さくつぶやきました。そして、そのままマンションの中に入って行こうとしました。
 そのときマンション入り口の階段の横に植えられている欅の木の後ろから、ガサッという音と同時に腰の曲がった女性が現れました。それは姫子の母、敏江でした。
「お母さん。どうしてこんなところにいるの」
 姫子は思わず大声を出してしまいました。
「今日はあんたの誕生日じゃない。御祝いを兼ねて様子を見にきたんだよ。夕方に来た時はいなかったから、夜になってまた来たんだ。そうしたらふたりが帰ってくるのをみかけてね。こうやって木の後ろに隠れていたってわけさ」
「私たちの話を聞いていたの」
「しっかりと聞かせてもらったよ」
「来るなら来ると言ってくれたらいいのに。駅まで迎えにいったのに」
「驚く顔が見たいのに、前もって言うわけないだろう。それより驚いたのはこっちのほうさ。あんたたち別れるのかい。この私のために」
「だって、お母さんを一人にしていたら心配だし、いざというとき、娘が側にいたほうが助かるでしょう」
「なんだい、そのいざという時というのは……。私はこの通り頑丈だし、子供の世話になるなんてごめんだよ」
「ほら、この前、お盆に私たちが行って帰った後、お母さん倒れたんでしょう。知っているのよ。隠したって」
 敏江はギクッとした顔をして、どうしてそのことを知っているのか不思議そうに首をひねりました。
「ああ、病院から連絡があったんだね。たいしたことないから、連絡をしないように言っておいたんだけどね」
「本当に大丈夫なの。身体が弱いのにわざわざ田舎から出てこなくてもいいのに」
「そんなことより、私のために別れるなんてやめてくれよ。姫子も田舎になんか帰ってこなくてもいいから。この街で結婚して、この街で和也さんと暮らしていけばいいんだ。私はね、子供の世話になんかなりたくないんだよ。自分のことは自分でできるんだ。心配をされるなんて逆に迷惑ってもんだ」
「お母さん、強がらないで」
「強がってなんかいないよ。ただね……」
 敏江は急に胸をおさえるとその場にしゃがみ込んでしまいました。マンションの入口からの光で照らされた顔は青ざめていて、呼吸は苦しそうでした。

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