小説

『ほたろの木』洗い熊Q(『光る風景』)

 手の上の一杯の光の球。私達は一緒に夜空へと放して上げる。ふんわりと木から浮かびあがって行く光達は、次々と星へと変わっていった。
 そして一瞬、涙の様に星達は輝いて見せてくれたんだ。

 全ての光達が逝った後、暫く一緒に星空を見上げていて、亮くんが最後に呟く様に言った。

「――でもやっぱり。僕は今、生きている人達を救いたい」

 
 この出来事の後、亮くんとは親密になれず、逆に距離を置くようになっていた。
 深く関わるのを無意識に避けていたのかも。怖いとかではなく、何か気遣いに近いもので。
 私は心の中で、あの木を“ほたろの木”と名付けた。「ほたろ」は地元独特の方言。ホタルの事。
 亮くんはあの後も“ほたろの木”をずっと灯し続けたのだろうか。
 卒業後は別の中学校に行ってしまった彼。何処かで気にするものの、会いに行くまでの気持ちはなかった。

 高校になって街のバイト先で偶然再会したのは今の主人。亮くんと同じ中学に通っていた。彼はどうしてると伺うと、県外の全寮制の高校へ行ってしまったらしい。
 流れで主人に、あの“ほたろの木”の事を話してしまった。初めて他人に話して気持ち悪がられるかと思ったけど。
 主人の答えはらしくて、亮くんの事も理解した上だった。
「君がそう言うんだし、あいつがそういうのをしていたんなら……まあ、ほんとの事なんだろうなぁ」

 

 主人が上ずった声で新聞の社会欄を見せながら言った。
「なあこれ。見てみろよ」
 なにとそれを読むと、どうも災害ボランティアに参加している人の取材記事。掲載される写真に写る人物の説明――リーダー的存在で活動する“四ノ宮亮さん”と。歳も同年齢。
「同姓同名?」
 私は思わずそう聞き返していた。主人はうーんと首を傾げる。
「どうだろう……でもこの顔、なんとなく面影なくない?」
「そう……かしら」
 その回答に主人はまた首を傾げ、確認の仕様がないなとぼやいた。
 でもその記事を見て私は微笑んでいた。もし本人なら、彼らしいと感じたから。

 生きている人を救いたい――最後に彼が言った言葉。それは私にとっても、その話を聞いた主人にとっても。私達が医療従事の道へと進み、医師となる決意の元になった言葉。
 そう、それが私達の“定め”だ。

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