小説

『ほたろの木』洗い熊Q(『光る風景』)

 ぱっと木を照らすと何かが木の枝に垂れ下がっている。眼を凝らして見れば、その木にはカンテラらしきものが沢山吊されていた。
 わっとその数に驚き見取れてると、亮くんは慣れた感じで枝先に近づきカンテラの扉をそっと開け、ライターか何かで火を灯す。
 火は、もう消え去りそうなくらい小さなもの。
 亮くんは一つを灯すとまた一つ。次々と吊されているカンテラ達に点けて行く。本当にあっという間。運動神経がいいイメージなんてなかったのに。軽快に木の上を移動している。

 朧気な淡い光達に浮かびあがる、闇夜の中に温かな実を沢山実らせた大きな木が現れていた。

 幻想的な色彩に見上げ、見取れる私。肌に温もりさえ感じられる。
 何時の間にか全てに火を付け終えた亮くんが隣に戻って来ていた。
「少し離れよう。これから始まりなんだ」
 そう言われ一緒に木の側から離れる。離れる間、彼が私に諭すような口振りで呟いた。
「これから起きる事、皆には内緒にして。僕と君の今夜限りの秘密。そして決して、怖がらないで」
 止まって振り返れば全体が見え、星空のデコレーションで闇夜の下地の上に仄かな木が浮かびあがっている。
「一体、何が始まるの?」
 その問い掛けに彼はうん、うんと頷きながら答えてくれた。
「余り知られていないけど、昔からここは霊山の一つなんだ。魂の通り道。亡くなった人達が、あの世へと向かう通る道」
 それを聞いて私は少し怖くなった。見て取れてか、怖がらないで、そう彼が首を横に振りながら微笑んでいた。
「ああいった古い木には、道に迷った人達が集まりやすい。何かこの世で想いが残る人達が。目印になるんだろうね。だから山で迷った人をあの木に集めて、僕が送り出すんだ」
 そう言うと彼は下から手を広げ、受け止めるように全身を木に向け始める。
「灯籠流しは知ってる? 送り火もそう。あれはそれと同じ。カンテラは家の蔵に沢山あって使うのは僕の考え。お婆ちゃんが許してくれて良かったよ。何かちょっと、向かう前の一時の部屋代わりと思って」
 彼が手を広げ始めるとさっきまでの乏しい灯の光が、宿った様に急に強く大きく火柱を伸ばしていた。だけど輝き増したんじゃない。火が丸く、丸くなっているんだ。
 亮くんは広げた両手を顔目前に持ってくると掬い上げる様な仕草になった。不思議に思いながらも、私も自然に同じ仕草を。

 して見て分かった。手の器の中に、ほんわり光の実が一杯になった。

「僕の家系は昔からこういう事をやっていたらしい。お母さんが教えてくれた。それが“定め”だって。魂を救う力を持つ者だからと。でも強いられたんじゃない。初めて魂を送り届けた時、それで僕の“定め”になった。――お母さんを送り届けて知ったんだ。これが僕の運命なんだと」

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