「炉、炉の掃除をしたら、の、の、残っていたんだ」
「ごめんなさい」
なぜか謝ってしまった。誰に対してだろう。
「あ、あ、謝ることなんてない」
そうだ。僕は悪くない。
「こ、こ、これは、た、た、単なる、お、折り紙、だ、だろ?」
単なる折り紙ならばとっておかなければ良いのに。
「しょ、しょ、少年」
「…はい」
ゲンちゃんは、僕がやっていることを察しているみたいだ。お説教でもするのだろうか。『こんなことはやめろ』とか『いつでも相談しろ』みたいな決まりきったようなやつを。
「た、た、た、大変なんだな。た、た、単なる、お、折り紙、だ、だけどさ、こ、こ、これはさ。じ、じ、自分が、こ、こ、こ、壊れないようにな。」
そうだ。単なる折り紙だ。でも、僕にとっては意味のある折り紙だった。しかし、コツコツをやっていた結果は、燃え尽きることもなくて、燻って残った。そして、彼女たちも何も変わることがない。何の意味のなかった。
ゲンちゃんは炉の扉を開けた。熱気が僕の顔に届いた。炎が轟々を燃え盛っていた。そして、ゲンちゃんは残っていた『分身やっこさん』が入ったビニール袋と先ほど落とした本日分を放り投げた。炎は一瞬だけ弱くなって、すぐにまた勢いが戻った。
ゲンちゃんは扉を閉めた。
「も、も、もう、つ、次の、じゅ、授業」
ゲンちゃんは、僕を叱るでもなく、呆れるでもなく、笑っただけだった。唇まで日焼けした中に浮かんだのは真っ白い歯だった。
僕もこんな風に笑えるようになりたいと思った。
ポケットに残っていた『分身やっこさん』を取り出した。
「も、も、もう一個、の、残っていたのか」
再びゲンちゃんが笑った。
僕は水たまりに指を突っ込んで、指先を泥水で濡らすと『分身やっこさん』に自分の名前を書きつけた。ペンでやっと書けるスペースに、指先で書くから漢字四文字の僕の名前は、全部が重なり、ただ泥で汚れただけにしか見えなかった。僕は、それをゲンちゃんに渡した。
「これ最後です」
ゲンちゃんは炉の扉を開け、その中にそれを放り投げた。あっという間に、僕の名前を書いた『分身やっこさん』は燃え尽きた。でも、今度の炎は何も変わることはなかった。扉を閉めて、ゲンちゃんは軍手をとって右手を自分の顔の前まで挙げた。ちょっとだけ軍手よりも色が黒くない右手を左右に小さく振った。
僕も右手を振って、屋根の下を飛び出した。
まだ雨は降っていた。