小説

『Early to kill girls』室市雅則(『アリとキリギリス』)

 教室に戻れば、相変わらず彼女たちはいる。何も変わっていない。でも、彼女たちの分身が僕の手によって燃え苦しんだと思うと気持ち良かった。

 週に何度か『分身やっこさん』を作っては、焼却炉で燃やしてもらう。僕の気晴らしは誰にも知られることなく、繰り返して、もうすぐ夏となる梅雨になった。
 今日も僕は、いつものやつをポケットに入れて、ゴミ袋を片手に焼却炉に向かっていた。そして、いつものように、ゴミ袋の結び目を解いて入れようとしたけれど、先生が結んだせいで固くて解けない。しかも、いきなり雨が降ってきた。
 僕は諦めて、焼却炉に向かって走った。

 焼却炉前の小屋の軒下にゲンちゃんがいた。近づくのは怖いけれど、僕は雨であまり濡れたくないので、土の地面にできた水たまりを飛んで避けて、ゲンちゃんの隣に入り、今日は、気晴らしができないなと思いながら、ゲンちゃんにゴミ袋を渡した。ゲンちゃんは、やはり何も発することなくゴミ袋を受け取った。
 早くその場を去りたいから、校舎に向かって走り出した。五歩くらい駆けたところで、背後から雨音と混じって声が聞こえた。
「しょ、しょ、しょ、少年」
 振り返るとゲンちゃんが戻って来いと手招きをしている。
 ゲンちゃんが声を出した。会話をしたとなれば、僕の立ち位置はグッと上昇する。でも怖い。でも…。
 僕がゲンちゃんのところへ戻ると、ゲンちゃんが屋根の下に入れと地面を左の指でさしたので、そこに入った。すると、ゲンちゃんは、煤で黒くなった軍手をはめた右手を僕の前に差し出した。
 ずぶ濡れになっている二つの『分身やっこさん』だった。
「しょ、しょ、少年が、ポ、ポ、ポケットから、い、今落としたんだよ」
 言葉を喉で絞り出すように放ち、一気に言い切るゲンちゃん。どこか心地良かった。
 ポケットをまさぐると一つしか入っていない。
 折り紙に名前が書いてあるだけだから、まさか気晴らしに、そのようなことをやっているとは想像しないだろう。お礼だけ言って、回収して教室に戻ろう。
「ありがとうございます」
 僕はそれを受け取ろうと手を伸ばした。ゲンちゃんは僕に『やっこさん』を返さず、小屋の扉の方へ振り向いて、小さな半透明ビニール袋を取り出した。
 ゲンちゃんが僕にそのビニール袋を突き出した。煤けた何かが入っているのが分かったが、それが何かは分からなかったから首を傾げた。
 ゲンちゃんが袋に手を突っ込んで、中身を取り出し、僕に見せた。
 『分身やっこさん』だった。
 胴体だけが残っていたり、頭だけが焼けていたり、薄汚くなりながらも形をほとんど留めているものもあった。ゲンちゃんが取り出したのは四つだけだから、ビニール袋の膨らみからするともっと残っているのだろう。ここまでやって来た僕の気晴らしは意味をなしてなかったみたいだ。

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