小説

『ブレーメンで告白しましょ』洗い熊Q(『ブレーメンの音楽隊』)

 たかが扉の開ける音の為に、こんな大きな楽器を用意するなんて。しかも一回こっきりじゃん、この話の中では。
 ブツブツと文句を言いながら明美は、もう使わないだろうと邪魔なチェロをそそくさと片付けた。

「その小屋には何にもありません、ネズミさえいません。何だと四匹がガッカリしていると……猟犬が隣にもう一棟あるに気づきます。ロバさん、こっちにも扉があるよ、と」

 え!? その展開は台本にない!
 また出たと思いながらも焦る明美。こっちにも扉がと言うからには、また扉の音を出せと。
 自分の周囲をバッと見廻すがチェロが側にない。僅かに離れた壁際にチェロは立て掛けてしまったのだ。
 しまったと思った時はもう遅い。立ち駆け寄りチェロを握ったが、戻って音を出したらワンテンポ以上遅れる。

「本当だ、こっちの小屋には何かあるかな? とロバが鼻で扉を押し開けますと……」

 ゴンッ……ギ、ギッギ~~ギ。

 最初の一瞬の打撃音を観客も不思議には思ったが、扉の音はちゃっんと聞こえたので皆スルーだ。
 効果音用のマイクの廻りは道具で一杯。明美は間に合わないと思い、それを飛び越えるように構えたが。
 チェロを抱えながらでブリッジしながら床に頭を打って鳴らした。無論、もの凄く痛かった訳で明美は無音でのたうち回った。
 一体今日は何なんだ!? こんな痛い思いもして! 恨みか、恨みなのか? この私が何をした? 今日は何て最悪の日だ!
 もう拓郎への不満爆発。だがそんな事はお構いなしに劇は進んで行く。
 勿論、彼の無茶振りもエスカレート。もはや虐めとしか思えなかった。
 四苦八苦で疲労困憊。もう駄目だ、もう無理だ。そう思いながら天を仰ぎ見る明美。その時になってハッと思い出す。

 ……あ、物語のハイライト。

 この“ブレーメンの音楽隊”と言えば、四匹の動物達が一斉に鳴いて強盗達を家から追い出すのがクライマックス。
 つまり四匹の動物の声を同時に出さなければならない。一人で。
 それは誰だ? 私じゃん。

 忘れてた! 色んな事で怒ってすっかり飛んでいた!
 どうする!? どうやる!?
 疲れや怒りはぶっ飛んだ。焦り慌てまくり。もう一人で四匹鳴らすのに思考がフル回転だ。

「よし僕達の演奏で脅かして、あの強盗達を追っ払おうじゃないか。皆の力一杯の演奏なら、絶対にビックリして逃げ出すよ」

 わ、わ、わ、もう直ぐじゃん! 何かえらい展開が早い! 絶対にこいつ分かってる、知っててワザと焦らそうとしてる!

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