小説

『北風からの手紙』洗い熊Q(『いちょうの実』)

 湯呑みを持ったまま訊く男性。それに女性は肩を竦ませ気味に即答した。
「それしかやることがなかったですから、ベットの上では……」
 すっと想い吹けるように視線を外した女性。嫌なことを思い出させてしまったと思ったが、男性は湯呑みを戻しがてら話を続けた。
「お母様は、その、パソコンに詳しかったのですか?」
「気分転換にと私が勧めて。元々、機械には苦手意識がない人だったので」
「女性にしては珍しいですね」
「そうですね。母は何でも器用に熟してましたね」
 そっと微笑む女性。ああ良かったと男性も笑みを返した。
「それで……お母様は専門的な知識もあったと? プログラム等を組めるとか」
「どうでしょう……私が見た限りは、操作が複雑なソフトなど使いこなしてましたね。私以上に」
「私以上……貴方がお母様に教えていたのではなくて?」
「私は基本的なものしか。メールやインターネットの設定。あと簡単なブログの製作くらいしか……提示板など登録などは知らぬ間に母が自分でやっていましたね」
「それではお母様の知識はネット上の誰から教えてもらったようなものですか?」
「だと思います」
「特にその人から……または先生の様に言っていた方などおられますかね。特定の」
「北風」
「北風?」
 即答された名に思わず男性はきょとんとした。女性はまた肩を竦ませて苦笑いして答える。
「母がそう表現していたんです。まるで“北風”の様な人だと。博学だけど、無邪気な一面もあって面白い人なんだと」
「また何で“北風”と?」
「誰もがその訪れに気づき、身も凍える恐ろしさを持ち合わせている。だけど本当は情け深くて寛容な人だと。北風……冬を告げるのに、為した種を一緒に遠くへ連れて行ってくれる……母は宮沢賢治が好きでしたから」
「情緒ある表現が好きなお母様だったのですね」
 今度は男性から微笑んで見せた。それに女性も嬉しそうな笑顔を返した。
「それで、お母様からその“北風”に接触を?」
「いえ向こうから見たいです。ある日、突然に」

 

 ――わざわざの感想を有り難うございます。私の詩の読んで感想を頂いた方は貴方様が初めてです。素直に嬉しゅう御座います。

 いえいえ、とんでも御座いません。正か貴方が私に返信なさるとは思いがけない光栄。
 奥様、余り不用意にどこぞの輩とも分からぬ者に返信などせずに御用心なさいませ。

 奥様? 私の事を知ってらっしゃるのですか? その様な事は掲載していませんでしたが。

 はい、御存知ですよ。まあ文面を見れば大概の生来など赤裸々なもの。
 貴方の言葉は正直で無垢で御座いますが、反面、含みもない綴りは全てを見通されてしまいます。その辺りも御用心を。

 不思議な人ですね。何もかもがお見通しで、全てを知り尽くしているような。そんな方に私の詩を褒めて下さるなんて、何て光栄なことでしょう。

 いえいえ、それは謙遜です。全てを知り尽くしている等と自惚れてはおりません。
 知り得ないからこそ内に秘めたる好奇心が絶えない。そう、私は覗き魔。無辜ではない罪深い一人。

 そうでしょうか? 私はそうは感じません。貴方様の感想。とても正直で、慈悲があって、寛容な人と思いました。それこそ謙遜ですよ。

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