小説

『北風からの手紙』洗い熊Q(『いちょうの実』)

 自分のことを考えないのなら、他人のこと考えようと。
 自分の幸せを願わないなら、他人の幸せを願おうと。

 見知らぬ貴方へ。
 私は貴方の幸せを願っています。
 何をしていても賛同します。
 何を考えていても共感します。
 何を願っていても応援します。
 どんな夢でも素晴らしいと信じます。

 見知らぬ私からそんなを言われても、只のお節介とも受け取られて当然です。
 しかし私は知らぬ人からそう思われていると知った時、不思議にも幸せだと感じられたからなのです。
 こんな不幸の沼にすっかりと沈みこんでいた私に、僅かでも幸せという感覚を与えてくれた刹那。

 だから私もそうしようと思ったのです。
 自分の幸せを切望しないで。
 他人の幸せを僅かながらも願おうと。
 ほんの一瞬でも想いを知って貰えれば。
 それで私は充分に幸せになるのだと。

 見知らぬ貴方へ。
 私は貴方の幸せを願っています。
 私は貴方の力強さを知っています。
 私は貴方の優しさを感じています。
 私は貴方の勇気を信じています。

 だから貴方もまた、他の人への幸せを願って下さい。
 そうして頂ければ、何よりも代え難い私の幸せになります。そしてきっと貴方にも――。

 
「このメールの送信者が、娘の貴方はお母様だと知っておられたんですか?」
 男性は掌を組み合わせながら伺っていた。
「いえ、正か。でも本文を読んだ時は母だとは思いましたけど」
 女性はそっと男性の前に湯呑みを差し出しながら答える。小さく会釈をし、軽く男性は茶に口を付けていた。
「母は、このような詩をパソコンの中に打ち込んでいましたし……他人に見せるとか公開など為てませんでしたね。私も後々に知ったので」
「お母様はよくネットをやられていたのですか?」

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