小説

『北風からの手紙』洗い熊Q(『いちょうの実』)

 それは今の時代には他愛ないもので、目障りなものとしか言えない。
 ――チェーンメール。そういった類だ。迷惑メールと称してもいいか。
 ある日、不特定多数に。
 それこそ世界中に。
 送付された宛先、送られた総数を知れば、馬鹿を通り越して感心すら覚えるかも知れない。
 それはプログラムのルーティーンとランダムで仕組まれたことではなく。
 一通一通、丁寧に封を閉じられて、届くことを願うように切手を貼られて、想いと一緒にポストに投函されたように。
 そして届く相手先には。
 蒼い空から木の葉の様に舞い降りてきて、ふわりと手元に乗ってくれたか。
 橙色の太陽が水平線に沈み掛ける、煌めく波に流れ着いた小瓶を見つけた感じか。
 大抵に見る筈もない。見知らぬ相手先なら即座にごみ箱行き。ふっとスライドさせて、さっと消しさせられる。

 でもそのメールを開けて読み始めれば、きっと誰でも顔が見えるのだ。そう、知るはずも、見たこともない彼女を想像してしまうのだ。

 
 ――見知らぬ貴方へ。
 私は貴方のことを知りません。
 何をしているかも知りません。
 何を考えているかも知りません。
 何を願っているのかも知りません。
 どんな夢を描いているのも知りません。
 そんな知らないだらけの貴方。

 もしか私のことを知って貰えたなら。
 私が何をしているのか。
 私が何を考えているのか。
 私が何を願っているのか。
 どんな夢を思い描いているのかを知って貰えたのなら。

 見えない貴方と共有することで、少しでも想いが通じて。
 私が少しでも貴方の中で存在してくれるのであれば。

 私が貴方を知り得るのと同等の価値があるのかも知れません。

 今の私は何も出来ません。
 自分の世話もままらない生活。
 今の私は何も考えていません。
 その日、その日を過ごすのに手一杯。先々など考える余地もありません。
 願うことなど、夢を持つことなど、描くなんて到底しない。
 ただあるのは不安だけ。憂わしい想いだけが積もるだけの人生です。

 だから幸せなんて想像もしない。
 自分の為になんて想い巡らせもしない私でした。

 でもある時に気づいたのです。
 そう思ったのです。

1 2 3 4 5