小説

『Don’t eat me?』鍛冶優鶴子(『黄泉平坂の話』『古事記』)

「大丈夫です。僕、お二人がご存知のように、食いしん坊ですから。お義母さんの料理、たくさん食べさせてくださいね」
 二人の仲睦まじい様子を見た男は胸を撫で下ろし、彼らに一言告げると妻の遺骨が置かれた仏間へ向かった。普通なら墓に入れるまで夫である男が預かるべきなのだが、彼は都市部に住んでいるせいでそれが難しく、墓の場所が決まるまでは妻の両親が預かると決めたのだ。
 男は骨壺の置かれた仏壇の前に膝を付き、瞼を閉じて手を合わせる。一分ほど祈ったところで彼は目を開き、亡き妻に対して語りかけた。
「小夜子。君を追いかけて、こんなところまで来てしまったよ。笑うかい?」
 もちろん返事はない。黒い写真立ての中の彼女は微笑みを浮かべたままで、何の苦しみも感じていないように見える。男は目の縁から零れ落ちた涙を指先で拭い、白い小菊と百合の花束を写真の前にそっと横たわらせた。彼女が好きだと言っていた花が、少しでも彼女を癒してほしい。そんな願いを込めて男は仏間を後にした。
 仏間から戻ったあと、男は義母の料理を綺麗に平らげ、義父と酒を飲み交わしながら語り合った。そして二人に勧められるまま風呂に入り、布団を敷いた部屋に蚊帳を張った。部屋に蚊取り線香を焚き、歯を磨いた男が挨拶をしに居間へと顔を出せば、義父はふいに彼に対して頼みがあると告げた。
「望人くん。もし、もしだよ。君さえよければ、私たちの村のやり方であの子を弔ってやってくれないか。君がそうしてくれれば、あの子もきっと喜ぶ」
 その口調にはいくらかためらいのようなものが感じられた。この村のやり方が、よその場所から来た男に受け入れられるか不安なのだろう。しかしそうすることで妻が喜ぶのであれば、男としてはそれがどんなことでもかまわなかった。
「やります。やらせてください」
「ありがとう。幸恵、襦袢を持っておいで」
「もう用意してますよ。さあ、望人さん。下着も全部脱いで、これに着替えて」
 男は服を脱いで白の襦袢に袖を通し、紐を結んで裾を整えながら二人の話に耳を傾ける。この土地では死者の部屋をあの世に見立て、死んだ人間を愛する者が白襦袢を着て部屋にこもってあの世への供となり、朝になってから部屋を出てこの世に戻ることで死者への哀悼の意を伝えるのだという。死者の国へ生者がついて行けるところまでついていくというのが、この村で最も深いとされる愛の形らしい。男はその風習に根付くものを心の底から理解できたわけではなかったが、そのやり方に特に悪い感情は覚えなかった。
「それからね、ひとつ気を付けてほしいの。あの子の部屋にこもっている間はお腹が空いても喉が渇いても、絶対に何も食べたり飲んだりしちゃだめよ。そういう決まりだから」
「はい」

1 2 3 4 5