小説

『成鬼の儀式』西木勇貫(『桃太郎』)

「ここから先が人間界です。しかし、むやみやたらに襲ってはいけません。彼らはまだ生きています。いたぶるのは地獄に落ちてからですよ。そして小さい子どもだけを驚かせなさい。彼らは豆を投げて来ます。当たったらちゃんと痛がるように。滞在時間は、一件あたり長くて二分が目安です。わかりましたか?」
「はい」
「赤以外の皆さんは、ここで待機です。あなたたちの力はもはや、人間を殺してしまいかねません。紫と黒で作戦を立てなさい。黄色二人は、赤が怪我をしたら治療してあげなさい。緑と青は金棒が欠けたら治してあげましょう」
「はい」
「それでは行ってらっしゃい」
 担任は扉の封印を解いた。その先の空間には小さい扉がたくさんあった。鬼吉が休んでいる間にたくさん練習した赤鬼たちは、次々と扉の奥に消えていった。鬼吉だけがぶっつけ本番。気合いを入れて、扉をくぐった。

 そこには初めて見る太陽があった。美しかった。見つめていると目が眩んだ。それでもまだ見ていた。こんなに明るいのか、人間界は。ふと下を見ると草が生えていた。鮮やかな緑に彼は驚いた。鬼の里の暗黒草とは、あまりにも違うからだ。この世界にも色別はあるのかな。きっとないに違いない。こんなに美しいんだもの。
「おい!」
 感銘を受けている鬼吉に、他の赤鬼が呼びかけた。鬼吉も走り出し、待鬼場へと向かった。

 ここは人間の家に訪れては戻ってくる拠点だ。休憩や水分補給も待鬼場で行う。鬼吉もそれを繰り返し、だんだん子どもを怖がらせたり豆に当たったりするコツが掴めてきた。
 何度目かの休憩で待鬼場へ戻った時、クラスメイトが話す声が聞こえてきた。
「貧弱鬼」
「鬼もどき」
「ツノ0本」
「人間以下」
 鬼吉が入り口を潜ると、そんな会話はピタリと止んだ。もしかして自分のことを言われていたのかもしれない。鬼吉はすぐにそう悟った。

 結論から言うと当たりだった。クラスメイトの中には白鬼時代にクラスのまとめ役だった鬼吉をよく思っていなかったものもいたのだ。そして学校を休んでいたこともあり、鬼吉は節分研修の足手まといとなっていた。自分では出来ているつもりでも、ブランクは取り戻せない。他の赤鬼からすると、ヘマを繰り返していた。鬼吉が凹んでいる間に失った信頼は彼の予想を上回るものだった。居ても立っても居られなくなり、鬼吉は待鬼場を飛び出した。

 何とか手柄をあげて見返してやる。鬼吉は人間を誘拐しようと考えた。閻魔からの指示もないのに、そんなことしていい筈がない。完全に自暴自棄に陥っていた。

1 2 3 4 5