小説

『黄昏を笑う』高平九(『死神』)

「意地悪言わないでください。ルールですからあなたのそばは離れますけど、その代わりあなたのご家族に取り憑くことになりますよ。それでもいいんですか?」
あら。それは困るわ。仕方ないわね。このまま行きますよ。
「海はありませんけど、綺麗な黄昏じゃないですか。あの太陽が沈むとあなたの寿命も消えるんですよ」
 窓の外は黄昏が支配していた。見えるのはやはり倉庫の屋根と高圧線の鉄塔ばかりだった。
 良子はそのとき「ああそうか」と合点した。夫があのとき「アジャラカ」と言いかけて止めたのは、あたしにとばっちりが来ないようにと思ったからだったんだ。そうかそうか。あの人あたしのことを……。良子の目尻から涙がこぼれた。たまらなく夫に逢いたい。それにしても、死神だって神様の端くれなんだから、最後に海くらい見せてくれてもいいのに。ホント気が利かないんだから。
良子がそう思った刹那、暮れなずんでいた夕日がふいに沈んだ。良子の傍らで死神が優しく呟いた。
「ほら、消えた」

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