「いやね、マスターが人手足りないってのと、オサム君が飲食の仕事に興味があるって言ってたのが繋がってさ、ピーンって閃いたのよ」
「何をですか?」
「オサム君がここで働けばさ、ここには色んな人が来るし、それをネタにして小説も書けるでしょ」
「また小説ですか」
「小説だよお、小説しかないでしょお。だってここの代金も経費で落とすんだから」
「それは経費で酒飲みたいだけじゃん」
「違うよ、やめてよそういうこと言うの」
不服そうなオサムだったが、バーの仕事自体は、ちょっとだけ興味が出てきた。小説が書きたいからじゃなく、なんだか格好いいんじゃないかと思った。少し周りを見回す。店内にはオサムと芥川以外に、あと二人の客いた。大柄で見た目がいかつい男が一人と、スーツでスリムな感じの若い男が一人。
「今日来てる人たちは常連の人?」
「え、ああ。あそこにいるのはジロー君、もう一人の人は……初めてだよね」
「あ、はい」
と、答えたのが、スリムな感じの男だった。ということは、体が大きい方の男がジローという名前らしい。
「そうなんだ。あ、皆さんはじめまして、芥川です。こっちがオサム君」
と、芥川が自己紹介をして、合わせてオサムも会釈する。
「ジローと言います」と男が言うと、
するともう一人のスリムな男が、あの、実はぼく……、と横から入り込んで、
「タローって、言うんです。名前が。偶然なんですけど」と言った。
「えー!」と、芥川は驚き、
「そうなの? タロー君って言うんだ。すごいじゃん。タローとジローが揃うなんて、ねえ」
と芥川がジローに同調を求め、
「あ、はい」とジローは答える。
「ジローさんはやっぱり次男なんですか?」
「ええ、そうですよ」
「じゃあ、タローさんは、長男?」
「もちろんそうです。今どきタローって、小さい頃は嫌でしたけど」
「でも今になってみたら、いいと思うでしょ?」
「そうですね、こういう場でもすぐ覚えてもらえますから」
芥川とタローが話しているところへ、またジローが口を挟む。
「俺はなんなら、タローの方が良かったですね」
「え、なんで?」
「ジローって、いかにも次男というか、弟っぽいじゃないですか。だからなめられる気がして」
「そう? ジロー君、体つきがいいからなめられないでしょ」
「これはわざわざ鍛えたんです。なめられないように」
「へえすごい、僕なんかは、タローだけどなめられますよ、こんなにヒョロヒョロですし」
と、タローが話すと、ジローや芥川やマスターが穏やかに笑った。なんとなく三人は打ち解け始めている。芥川がオサムを小突いて、声をかける。
「どう、面白い?」
「何がですか」