「んなわけないでしょ、新人賞の選評では古風で堅い文章って評価されてたんですよ」
「まあまあ、そう言わずに、もうちょっと、もうちょっと頑張ろ」
「いやです」
「頼むよお、俺ね、オサム君が最終選考の前に落ちそうになってたときにね、こいつは大物になるから、って啖呵切って推しちゃったんだよね。だから頑張ってもらわないと、こっちも立場ないのよ……」
「それは芥川さんの都合じゃないですか」
「そうだよ、俺の都合だよ。デビュー作こけた時点で、けっこう周りからの視線が痛いし、最悪だよ」
「うわ、本音出しやがった。このくそ編集者」
「くそとはなんだ! 口が悪いぞ」
「くそだからくそって言ってんだ。この野郎」
と、こんな感じで口論が続いたが、それでもオサムが小説を書くことを諦めない芥川が、ある提案を持ちかける。
「じゃああれだ、いい考えがある」
「いい考えですか?」
「そう、いい考え」
「……え、なんですか?」
「だからいい考えだって」
「だからそれがなんなのって聞いてんの」
「いい考えはいい考えだよ。ったく、すぐタメ口になんだよな。まあそれはいいや。とにかくさ、オサム君。ちょっと付いてきたまえ」
「きたまえ、って……なんかうざいな」
「何? 何か言った?」
「いや、なにも」
オサムが芥川に無理やり連れられて、渋々やってきたのは一軒のバーだった。バーの名前は「バー羅生門」。外からだと中は暗くて見えないし、一人だったらちょっと入りにくいバーだなとオサムは思った。
「あの、どうしてここなんですか?」
「まあまあ、いいから来てよ」
と言う芥川について店内に入る。外も暗かったが、中に入ってみてもそこそこ暗い。目が慣れてくるまで、芥川の顔もまともに認識できないくらいの暗さであった。どうもどうも、と言って芥川がカウンター席に座る。オサムもその横へ座った。
「じゃあハイボール。オサム君は」
「同じで」
「じゃあ二つ」
はいよ、と言って店主がハイボールを準備する。氷の入ったグラスに琥珀色のウイスキーが注がれ、次に炭酸水が注がれる。目の前に差し出されたハイボールを手に持ち、はい、じゃあ乾杯、と芥川が言って、グラスを合わせる。カン、カラン、とグラスが合わさる音と、中の氷が揺れる音が鳴った。で、いい考えっていうのはね、と芥川が話を切り出す。
「このお店で働いてみないかっていう話よ。マスターいいよね?」
と芥川が聞くと、
「まあうちは助かるね」と店主が答える。
「働く? なんで僕が?」