小説

『未完』ノリ・ケンゾウ(『猿面冠者』太宰治)

 こうして運命の出会いを果たした二人。しかしオサムはそこまで書いてから、動きがまた止まってしまった。ちょっと待ってみたが、それでも動かない。また首を傾げる。
「出会い方がベタだな……」
 ベタではなくないか。しかしオサムがまた呟く。
「ダメだ、どうやったってこの二人じゃ、上手く出会えない……」
 頭を掻きむしるオサム。そう、これがオサムの悪い癖だった。思い浮かんだ傑作の、話の本筋とは別のところで、妙なこだわりを持ってしまう。このように、自分が昼に食べた牛丼屋を話の軸にしてしまう。自分の目で見たものがリアリティであると、信じ込んでいるのである。オサムはこうして数々の傑作を完成させぬまま、悪戯に冒頭のみの雑文を増やしていく。物語になりそこねた二人の男女は、狭い牛丼屋の店内に延々と留まり続けて、外に出る瞬間を待ちわびている。届かぬ便り、と始めの一行目につけられたタイトルが寂しい。二人は互いに、一度も便りを書くこともない。二人が待ちわびている未来は、永久に訪れない。

 さあここまで書いた。オサムの書いた話のようでいて、これは私の書いた小説なのである。まったくもって一人芝居なのだ。たいていの人がもう退屈しているはずだ。そろそろ終わりにする。終わる前に、題を決めようか。題はそうだな、「未完」としよう。完成することのない小説という意味で。太宰にならって最後に決めようと思ったのだ。それも別にどうでもよいか。まあいい。ひとまずこれで、「未完」の完成ということになる。

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