昼休みを終え、授業が始まって数十分が経った後、園ちゃんが教室に戻ってきた。園ちゃんは俯いたまま、誰の顔を見ることもできないで自分の席についた。にやにやと園ちゃんを横目で見る生徒や、笑いをこらえながら口元を隠す生徒たちに、先生が授業に集中するように注意した。そのときの園ちゃんの居た堪れない姿に、オサムは吐き気がするくらい怖くなった。飛田と小菅以外、オサムのせいで園ちゃんが漏らしてしまったことを誰も知らなかった。園ちゃんもオサムのせいだとは思っていないはずだ。しかしながら、授業中に一回だけ園ちゃんを横目で見たときに、目が合った。すぐに視線を外したが、オサムは動悸が止まらなかった。自分のせいだとばれているかもしれない。
授業が終わり、帰りの会が終わった後、園ちゃんは一目散に教室を出て帰っていった。それ以来、園ちゃんは二度と学校に来なくなった。
「やっぱさ、オサムが学校に来ないのって、あれのせい……?」
飛田がおどおどしながら聞くと、
「いや、そうじゃないよ」とオサムが強がる。
「まあさ、ありゃ園ちゃんも悪いは悪いよ。普通漏らさないよ、中学にもなって」
小菅が言い、そうだそうだ、と飛田も笑う。笑いながら飛田は小菅を冷淡な奴だと思うが、小菅も小菅で、そうだそうだと笑う飛田に残酷さを感じていた。小菅も飛田も、ああだこうだ言いながら、無意識のうちにオサムにだけ責任を押し付けていた。共犯の意識を感じずに過ごせるよう都合の悪いことは見てみぬふりをした。だからこそ、無責任に励ますようなことをオサムに言えたのであった。オサムはオサムで、彼ら二人の軽薄さに救われるようだった。彼らは彼らの方法で自らを防衛する。でも自分も結局はそうだと思った。こんな風に学校を休んで、贖罪意識を抱えているつもりでいるが、それも自分の満足のためでしかない。そんなことをしても園ちゃんは学校へは来ない。しかしどうしても、園ちゃんの失意の顔だけは、脳裏に焼き付いて忘れられない。ふとした瞬間に思い出してしまう。
オサムが二人に話しかける。
「まあ心配するなよ。俺だって、親もうるさいし、いつまでも学校を休んでられないよ」
「そう。ならいいんだ」小菅が言い、
「うん」飛田が頷く。
にやにやと三人が笑い合った。少しいつもの調子が戻ったようである。それから他愛ない話をいくらかした後、帰り際に小菅が思い出したように話し始めた。
「あ、あとな、真野がさ、お前のこと心配してたよ」
「真野が? どうして」と驚いた様子のオサム。
真野というのは、クラスのマドンナ的な存在の女子生徒だった。飛田も小菅も、もちろんオサムも、密かに真野のことを好いていた。すると今度は飛田が、
「いやね、急に真野さんが俺に話しかけてきて、どきっとしちゃったけど、オサム君は学校来ないの、って、それだけだよ」と言う。
「俺のことを? どうして」
「決まってんだろ、お前のことを好いてんだよ」
と小菅がいい、またにやにやと二人でオサムに笑いかける。