小説

『野生のヒト』霜月透子(『桃太郎』)

「無理よ! 今回のやつらは……」
「聞こえてたわ。けど、逃げるわけにはいかない。私は。私だけは」
「モモッ!」
「キジは逃げて! 早く!」
 ズドンッ!
 銃声が響いた。モモの小銃から硝煙が上がっている。まるでそれが合図だったかのように、野生のヒトが一斉にモモに襲いかかった。
「モモーッ!」
 モモの姿は野生のヒトに埋もれた。
 ズドン、ズドン、とさっきよりくぐもった銃声が鳴る。ヒトの下からモモが発砲しているのだ。
 私は樹上から動けない。
 ズドン、ズドン……
 幾人かが剥がれ落ちるようにして倒れていく。
「無理よ……」
 どう考えてもひとりで太刀打ちできる相手ではない。
 ほどなくして銃声が絶えた。弾切れだ。血の臭いがここまで漂ってくる。恐怖と嫌悪で意識が朦朧としてくる中、私は必死で嘔吐をこらえた。

 
 枝からずり落ちそうになって、私はハッと目を覚ました。
 どれほどの時が経ったのだろう、日が暮れかけていた。辺りは静まりかえっている。私は曖昧な視界の中、そろそろと木を降りた。
 地上には野生のヒトの骸がいくつか転がっている。再び嘔気をおぼえながらも骸をひとつひとつひっくり返していく。
 最後のひとつを足も使って除けると、下からモモが現れた。
「……モモ」
 モモは答えなかった。見慣れたその顔は、誰のものだかわからない血で染まっていた。
「モモ」
 そっと指で頬を拭うが、赤い化粧は既に乾いていて薄く伸びることさえなかった。
 せめてもと、細く開いた瞼を閉じ、額にかかる髪を手櫛でとく。
 と、指先になにかが触れた。
 宵闇が迫り、視界が悪い。私は血の臭いに息を止め、モモの額に顔を近づけた。
 そこには、小さな突起があった。
 里にヒトにはなく、野生のヒトにはあるもの。角だ。
 いつもは髪に隠れて気づかなかったのだ。いや、髪に隠していたのだ。

「モモー! キジー!」

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