小説

『あ/め』澤ノブワレ(『飴を買う女』)

――そうそう、おかしいでしょう。ふ……ふふ。それでね、一度訊いてみたんです。「その飴はあなたが食べるんですか」って。そしたらね、彼女、ブルブルと肩を震わせて、何も答えずに出て行っちゃった。僕はその時思い出したわけですよ。ほら、小泉八雲の「飴を買う女」。僕、あの手の話が大好きでね。それでね、もう確信しちゃったんですよ。あれは……あの女は絶対に幽霊だってね。きっと飴を買っていって、自分の屍から生まれた赤ちゃんに少しずつ食べさせてるんだって。十円玉に付いた泥は、きっと墓場をモゾモゾと這いだしたときについたものなんだってね。

――いいえ、すぐにはねぇ……。だって怖いじゃないですか。幽霊ですよ、幽霊。へへ……。しかも夜の墓場だ。僕はホラーやオカルトには目がないけれども、実際にそういう場所に行くのはダメなんです。小心者でね。ヒヒヒ……。
 でもね、そのことに気づいてから、夢にあの女が出てくるようになった。彼女は僕の枕元に座ってね、寝ている僕の顔を上からヌッと覗き込みながら恨めしそうに言うんですよ。「早く見つけて……」ってね。いやハあ、アハハ……そりゃ恐ろしくってね。まともに睡眠がとれなくなってしまったんです。

――ええ、それもあります。最後には睡眠不足で仕事中に倒れそうになってたくらいですから。ヒイ……。でもね、それ以上に放っておけなかった。だって、墓の中で赤ん坊が生きてるんですよ。助けなきゃ人として失格じゃないですか。ハハ、ハァ……。未来ある子どもを見殺しにするなんて、フ……ヒィ……僕には出来なかった。

――そうです。それで僕はあの日、意を決して女の後をつけました。女は途中までフラフラと歩いていたのですが、ヘ、へ……急に足を速めましてね。ハハ、余りに突然だったので、フフ、僕、彼女のことを見失ってしまったんです。でもね……ウフヒ……でも、彼女のいる場所は、ハハ、分かったんですよ。

――ブハッ……なんで、なんでって、決まってるじゃないですか。赤ん坊の声が聞こえたんですよ。ョホホ……彼女を見失ったのはちょうど霊園の横でね、聞こえてくるんですよ、
「ほぎゃあ、ほゃあぁ」
……てね。ウフフゥ、僕はもう必死でしたよ。赤ん坊が助けを求めてるんだ。あの女の幽霊は僕に赤ん坊の救出を託したんだ。探さなきゃいけない。助け出さなきゃいけない。僕は怖いのも我慢して、必死に墓場をかけずり回りました。イ……ヒヒ。そして、遂に見つけたのです。

――そう、分かってくれますか、先生。良かった。先生なら、信じてくれると思っていたのです。刑事どもには何を言っても通じません。彼らは哀れな赤ん坊の声にも耳を貸さぬ、冷酷冷血の人間たちなのです。僕はただ……ァハ……僕はただ赤ん坊の命を……。……ところで

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