小説

『あ/め』澤ノブワレ(『飴を買う女』)

――駄菓子屋なんてこの時分、先行き真っ暗な仕事ですよ。ウチは卸の仕事があるから何とか持ってるけどね、同業者はどんどん倒産してますよ。そりゃそうだ。お客は百円玉握りしめた子どもらバッカリなんだから。その子どもの数が減ってるんだから、もうお手上げですよ。たまに親子連れで来たり、大人の観光客が珍しがって来るときもありますがね、だからといって駄菓子なんぞ大量に買い込むわけでもありません。ですから余計に、彼女の存在は奇異なものでした。

――うーん、だいたいいつも同じ時刻……たいてい閉店間際ですね……。艶のあるロングヘアで、なかなかの美人さんです。

――いいえ、飴だけですよ。他のものは買わない。しかもバラ売りのを一個だけね。

――え?ああ……うーん……まあ、売り上げは十円にしかなりませんが、普段生意気なガキンチョどもの相手ばかりしてますから……ま、目の保養ってやつですよ。ハハ。

――まあ、それはそれとして……。変なのはね、その飴も決まって同じものなんです。それも、何の変哲もない麦芽糖の飴ですよ。そりゃ色は鼈甲みたいで綺麗ですけれどもね、言ってしまえばただの砂糖の塊です。同じバラ売りの飴でもミカン味だのリンゴ味だのサイダーみたいにシュワシュワする奴だの、いろいろ置いているわけですよ。

――うーん、一度聞いたんですけどね。まあ無口な人でね。何にも答えてくれなかったんです。いつも俯いててね。こっちから他のを勧めてみたこともあったんですけど、頑なに断るんですよ。その内に、こっちもそれが慣習みたいになってね……その日の帳簿に初めっから飴一つ分足してたくらいです。

――そうですねぇ……怪しいと思ったのは、あの日の一週間ほど前ですかね。ほら、あのゲリラ豪雨のあった日。あの日、彼女に手渡された十円玉がね、妙にヌルついてるんですよ。でもお客にもらったお金をお客の目の前でマジマジと見るなんて、失礼な話でしょう。だから彼女が帰ったあと、その十円玉をもう一度見てみたんです。そしたらね、何が付いてたと思います。

――泥ですよ、泥。いくらゲリラ豪雨だったとはいえ、普通付きますか、十円玉に泥。それも乾いたやつじゃない。つい今し方跳ね返ったという感じの。仮に財布やポケットに入れずに十円玉だけ握りしめていたとしても、足下から跳ねた泥が握り込んだ手の中に入るなんてあり得ないでしょう。ハハ。

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