小説

『ロミオとジュリエツコ』橋本雨京(『ロミオとジュリエット』)

「……嫌だなぁ」
 恵津子は深くため息をつき、陰鬱な気持ちで、ほうじ茶をすすった。そして約束の時間ジャストに、美沙はやってきた。
「お待たせー。ごめんジュリエ、まだこれからお仕事あってさ、あんまり時間ないんだ」
 そう言って美沙は恵津子の前に座ると「ジュリエ、何飲んでるの?」と聞いた。
「ほほほ、ほうじ茶……」
「へー。同じのにしようかなぁ」美沙は言って、注文を取りにきた店員に「じゃぁ、コーヒーください」と白い歯を見せ微笑んだ。
「ホント、高校卒業ぶりだもんね。懐かしいなぁ」
「う、うん」
「でもさぁ、ちょっとショックだったよ。だって、私のこと忘れてるんだもん」
 美沙は頬を膨らませ、言った。顔が膨らんでも、美人は美しいんだなと、恵津子は思う。
「そうそう!」
 急に大きな声を出す美沙に、恵津子は死んだふりをする羊のように硬直した。黒縁の眼鏡が、ゆっくりとずれていく。美沙はバッグから携帯を取り出し、画面をスワイプした。
「運命的でドラマチックなことが、世の中には起こるのよねぇ」
 美沙はジャジャーン♪とファンファーレを口ずさみ、画面を恵津子に向けた。画面には
露見修 090-2〇〇◯-5〇〇◯
 と表示されていた。全く知らない人間の、電話番号だった。
「どう?」
「ど、どうって」
「よく読んでみて」
「ツユミ、オサム?」
「そうなんだけど、そうじゃなくてさぁ」 
 美沙は口を尖らせた。恵津子が首を傾げる。何かの暗号なのだろうか。
「もう!ロミオでしょ?」
「ロ、ロミオ?」
「ツユミと書いてロミと読めるでしょ?そこにオサムだよ?ロミオサム。この人、あだ名がロミオさんなの」
 得意気に美沙は言うが、恵津子には全く響いていない。
「すごくない?私が学生の頃アルバイトをしていたフグ料理店で、このロミオさんが働いていたのよ」
「はあ」
「あなたたち、ロミオとジュリエツコなの!」
 美沙は両腕を天井に向けて大きく広げ、目を閉じて、八秒ほど感慨に浸り、ゆっくり手を下ろした。
「え、えっと……」
 恵津子は俯き、困惑した表情で目の前にあるほうじ茶をじっと見つめた。誰か、助けて。ほうじ茶に念じるが、ほうじ茶は芳ばしい香りを漂わせるだけで、恵津子を救ってはくれない。
「あ、あはは」
 仕方なく顔を上げ、恵津子は無理やり笑顔を作った。右の頬が、痙攣を起こしたようにぴくついている。
「ところでさ。ジュリエって今、彼氏いるの?」

1 2 3 4 5