小説

『ロミオとジュリエツコ』橋本雨京(『ロミオとジュリエット』)

 樹里(キサト)恵津子が、ジュリエという忌々しいあだ名を久しぶりに聞いたのは、ちょうど一週間前のことだった。

「あれ?……ジュリエ?」
 すれ違いざまがに声をかけられ、俯きながら歩いていた恵津子は立ち止まった。高校の頃に呼ばれていた、あだ名だ。キサトをジュリと読み、ロミオとジュリエットをもじって、ジュリエツコ、略してジュリエ。
 運命的な出会いはあった?と、馬鹿にしたように、何度聞かれただろう。そんなもの、ある分けがないのに。でもそんなあだ名のおかげで、影の薄い恵津子のことを、知らない生徒はいなかった。
 振り向く恵津子に、久しぶりーと、親しげに笑顔で近づいてくる女。上下黒のスーツ、明るい髪を後ろで結んだ、キャリアウーマン風。
 一体誰だろうと、恵津子は黒縁で度のきつい眼鏡のフレームを、双眼鏡のように持って前後に動かしながら、女の顔をじっと見た。
「ねえ、ギャグなの?ジュリエの目、大きくなったり小さくなったりして、ウケるんだけど」
「あ、いえ、こうすると、よく、見えるので」
「何で敬語なの?まさか、私のこと、忘れちゃったわけ?」
 恵津子は眉間にしわを寄せ、目を細めた。そう言われると、どこかで見たような気もする。首を傾げながら、女に近づく。長いまつ毛、くっきりとした二重まぶた、丸くて大きい綺麗な目、しゅっとした鼻筋、厚ぼったくて、エロい唇。
「ちょっと。私、須藤美沙だよ?高校の時、同じクラスだったじゃない」
「須藤……美沙」
 恵津子は記憶の糸をたどり、ああ、と思い出した。美沙は、学校で一番の美人だった。八年の歳月は、美沙の美しさに磨をかけていた。
「卒業以来だよねぇ。私はブライダルで働いてるんだけど、ジュリエって今、何してるの?」
「わ、私は、あ、あの」
「あ、ごめんジュリエ。今、超忙しいんだった。今度お茶でもしようよ。あ!そうだそうだ。もしジュリエに会えたら、話したいことがあったんだ!」
 美沙は恵津子とアドレスを交換すると、後で連絡するからと言って、人混みに消えてしまった。
 話したいことなんて、電話かメッセージで済ませればいいのに。どうして日を改めて会わないといけないんだろう。恵津子はうなだれ、がっくりと肩を落とし、しばらく腕をぶらぶらとさせていた。通り過ぎていく人々が、気持ち悪いものでも見るような顔で、恵津子のぶらぶらを見て見ぬふりをした。

 恵津子は、喫茶店で美沙を待っていた。そもそも学生時代だって、スクールカーストの最下位グループいた恵津子と、最上位グループにいた美沙では、親密な交流があるはずもなかった。それなのに。

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