小説

『ロミオとジュリエツコ』橋本雨京(『ロミオとジュリエット』)

 恵津子はぶんぶんと顔を横にふった。なんだなんだ、この展開は。お願いだから、私の人生に、これ以上、波風立てないで!何か否定的なことを発言しなければと適切な言葉を探すが、釣られてしまった魚のように、口がぱくぱく動くだけだった。
「じゃぁ、決定ね。私がセッティングしておくから」
「せ、せ、せっ」
「おっと、そろそろいかなきゃ」美沙は腕時計を見て言った。ブライダルフェアにくるお客さんが、結構いるんだよねと、伝票を持って席を立つ。
「ああ、あの、あの」
「そうだジュリエ。ロミオさんと上手くいったら、うちで結婚式しなよ!あー、なんか素敵すぎる!」
 恵津子は立ち上がって美沙を引き留めようとしたが、美沙は嵐のように去っていった。
「あ、うう」
 ぽかんと口を開けたまま、恵津子はがっくりと肩を落とし、両腕をぶらぶらと揺らした。

 翌日、恵津子の携帯に美沙からメッセージが届いた。そこには、デートの日時と露見についての簡単なプロフィールが書かれていた。
 恵津子は勤務先の工場で、ベルトコンベアーから流れてくるダンボールに検品済のシールを貼りながら、露見についてずっと考えていた。
……露見修、通称「ロミオ」二十八歳。私の二つ上。フグ料理店に勤務。……きっと厳しい修行を積んだ、職人に違いない。職人と言えば堅物で、江戸っ子気質。気に入らないことがあると「てやんでえっ!」と言って、全てを否定する、あれだ。
 うん。絶対に会話なんて成り立たない自信がある。ていうか、てやんでえって、何。……縁切り神社に、行こうかな。恵津子は、頭をぶんぶんと横に振った。縁を切るもなにも、まだ何も始まっていない。ただ美沙に、踊らされてるだけだ。そう。諸悪の根源は、須藤美沙。
……こうなったら、呪い殺そう。恵津子の心に黒い思いが渦を巻く。しかし恵津子は、再び頭をぶんぶんと横に振った。そんなスペック、持っていない。
 かなり強引な性格だけど、美沙だって、きっと良かれと思いやってるんだろう。……多分。けど無理なものは無理だ。ちゃんと断ろう。恵津子は深い溜め息をつきながら、検品シールをダンボールに貼っていった。

 一週間後。恵津子は美沙のお節介を断る事ができず、露見修と会うことになった。駅前で待ち合わせた二人は、取り敢えず落ち着ける場所を求めて、喫茶店に入った。店員に対面席へ案内され、着席する。コーヒーを注文して待つ間、互いに緊張していることが伝わって、恵津子も露見もぎこちない。

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