桃井がきびだんごを与えて以来、3人の目の色が変わった。
とにかく働きまくった。きびだんごというご褒美を目の前にぶら下げられてやる気を出した3人は、すさまじい勢いで営業成績を伸ばしていった。
桃井は成績が上がるたびに3人にきびだんごを与えた。すると、3人はさらにがんばり、結果を出した。
桃井の出費は相当なものになっていて、貯金を取り崩してなんとか対応していた。桃井は「もう少しだ。もうすぐ俺は出世できる」と何度も自分に言い聞かせて、きびだんごを与え続けた。
そして、ついにその時が来た。
桃井の支店は、全国の支店の中で№1の営業成績を獲得した。
それから数日が経った頃、桃井は支店長に呼ばれた。
「ついに来たか……」
桃井はドキドキしながら支店長室に向かった。
「桃井君、よくやってくれた。全国№1なんてこの支店初の快挙だぞ」
「いえ、これも部下のおかげです」
桃井は内心褒められたのがうれしくてたまらなかったが、それを表情には出さずに謙虚な姿勢を見せて返事をした。
「しかし、あのやる気がなかった3人があそこまでがんばるとはなあ……さて」
支店長の顔が真剣な表情に変わる。
「この素晴らしい営業成績もあって、このたび異動の話が出た」
桃井は「来た」と思って、自分の心臓がドキドキするのを感じた。
「まずはあの3人だ」
「はい」
「犬山君は別の支店の部長に決まった。小さな支店だが、部長になるんだからまあかなりの昇進だろう」
桃井がうなずく。「犬山君が支店の部長ということは俺は……」顔が紅潮してくる。
「猿田君は本社の主任となる。入社3年でこれはすごいな。そして、雉川さんだが、彼女は君の後任の課長に決まった」
桃井は「自分の後任」と聞いてドキッとした。
「ということは、次はいよいよ自分の番だ……」
桃井は平静を装ってはいたが、頭の中はいろいろなポストが駆け巡っていた。
「犬山君で支店の部長ということは、少なくても支店長。いや本店の課長、あるいは部長なんてことも……これで同期の奴らに一気に追いつけるぞ」
「そして、いよいよ桃井君だが」
桃井は支店長の言葉にハッとする。ドキドキしながらじっと支店長の言葉を待つ。
「君は本店雑務課の課長と決まった」
「雑務課の課長? 雑務課というとあの……」
「そう、あの雑務課だ」
支店長が平然とうなずく。
桃井の頭が真っ白になった。
「雑務課」は、いわばやる気のない社員や仕事のできない社員を寄せ集めた課だった。仕事もほとんどなく、社内ではお荷物課として馬鹿にされてきた。そこの課長も同じで、「名ばかりの使えない奴がなる管理職」と陰口を叩かれている。はっきり言って、出世コースからは完全に外れたポストだった。