小説

『きびだんご作戦』渡辺鷹志(『桃太郎』)

 帰りに桃井は請求書を見て泣きそうになったが、「我慢だ。これがきびだんご作戦だ」と自分に言い聞かせた。

「雉川さん、ちょっといいかな?」
 桃井は次の日の昼休みに雉川に声をかけた。
「何でしょう?」
 雉川は上司の桃井が声をかけたというのに、舌打ちをして睨むような表情をしている。
「実はこれなんだが」
 桃井が差し出したのは今話題の若手人気アイドルのコンサートのチケットで、入手困難と言われているプラチナチケットだった。
「これってまさか……」
 チケットを見た雉川が目を見開く。
「たまたま知人から手に入れてね。そういえば雉川さんがファンだってのを前に聞いたのを思い出してね。これをやるよ」
「いいんですか、課長。ありがとうございます!」
 雉川は桃井も初めて見るような笑顔で礼を言った。
「その知人は他にもいろいろなチケットが手に入る立場らしくてね。雉川さんが欲しいのが手に入ったらまたあげるよ。だから営業のほうもがんばってくれないかな」
「はい! 任せてください」
 雉川は元気よく返事をした。
 もちろん、桃井にそんな貴重なチケットを手に入れることができる知人などいない。チケットは桃井が何倍もの価格で手に入れたものだった。
「我慢しろ。これがきびだんご作戦だ……」
 桃井は中身がどんどんなくなっていく財布を握りしめながらつぶやいた。

 その日の終業時間、桃井は猿田を呼んだ。
「猿田君、これからちょっと付き合ってくれないか?」
「嫌です」
 猿田が即答して立ち去ろうとする。
「この店に行ってみたいんだが…」
と言って、桃井は人気キャバクラ店のサイトを猿田に見せた。
 サイトを見た猿田が目を剥いた。そこは超がつくほどの人気キャバクラ店だった。猿田もずっと行きたいと思っていたが、料金がかなり高額なため猿田の安月給ではとても無理だった。
 猿田はため息をついて桃井を見る。
「課長、こんな高級店に行けるわけがないですよ。いったいどれだけかかると……」
「もちろん、私のおごりだ」
 桃井が力強く答える。
「行きます!」
 そのまま2人でその店に行った。猿田はそこで会社では見せたことのないような笑顔を見せて楽しんでいた。
「猿田君、営業のほうもよろしく頼むよ。成績が上がったら、またここに来よう」
「課長、俺がんばりますよ!」
「頼んだぞ」
 力強くうなずいた桃井だったが、少し声は震えていた。
「この店はいったいいくらかかるんだ……」

1 2 3 4 5