詩はまた、はっきりとした口調で答えた。今の会話を、静はもう一度、頭の中で繰り返す。すると、床が抜けたような感覚に襲われた。
「・・・何を、言ってるの?」
本当に起こっていることだと信じたくない自分が、声を震わせていた。詩は、静から体を離した。
「正直に言ってるだけ、誠実だと思ってよ」
言いながら、詩は冷蔵庫から炭酸水を取り出して、それを飲んだ。
「私ね、仕事早いし、期待されてるし、ほら、小さなミスとか、そういうので責められるの、合ってないでしょ?だからそれ、いつも周りが空気読んで、請け負ってくれるの。みんな好きで、そうしてくれるのね。でも、それをいちいち注意してくる子がいてね、なんか面倒くさいから、同じ職場にいてほしくないなって」
何かの商品説明でもしているような口調で、詩は言った。今度は、静の全身が、震え出した。
「自分が何を言ってるのか、わかってる?」
「あ、大丈夫。殺してなんて言わないよ。少し休んでてもらって、会社に復帰するのが無理な状況になったら、私、ちゃんと治すから。あの子なら、すぐ次の職場もすぐ見つかるだろうし、何も問題ないよ」
そこにいるのは本当に自分の妹なのかと、静は愕然とした。何も、言葉が出てこなかった。現実を否定したくて、これが冗談や夢である可能性を、意識がまさぐっている。でも、何も手ごたえがない。
「あの子、そう簡単に折れない感じだし、さすがにストレスが限界。そりゃ彼女は正しいけど、正しいことが全てじゃないでしょ?みんな好きで私のこと守ってくれて、私に感謝されて、それで喜んでるのに、なんで放っておいてくれないんだろう」
「・・・・・詩は、ずっとそうやって生きてきたの?」
「だって、お姉ちゃんだって、私が好きで、なんだって受け入れるでしょ?お姉ちゃんを守れるのも私だけだし。それに、これだけ我慢してきたんだから、もうよくない?」
「我慢?いいって、何が?」
「だから、お姉ちゃん要らないなら、私にその力使わせてよ。今まで付属品やってきてあげたのに、なんで私のお願いはきいてくれない訳?お姉ちゃんが奪ったものを返すだけって、何、その存在。なんで私に奪う力はないの?ねぇ、わかってる?私これじゃ、まるっきりお姉ちゃんのおまけなの」
詩の言葉を聞いて、静は頭が真っ白になった。訳がわからない。付属品?おまけ?詩が?どうして?詩は、唯一の希望。それが、否定し続けてきたこの存在、力を、望んでいた。それは、駄目だ。それでは全てが、ひっくり返ってしまう。
「私がいい子いい子されてて、羨ましかった?だけど私、それ頼んだこと一度もない。みんな自分の為にやってただけでしょ。私には、私をいい子にしたい人たちを、きちんと利用し続ける権利があるの」詩は表情を消して、静を見た。「私のお願い、きいてくれるの?くれないの?」
次の日、まだ暗いうちに、静は家を出た。なるべく所縁のない場所を選んで、独りきりで生活をした。独りで生きて死んでいくことを、決めた。
詩と共に、この姉妹の力は生まれた。不幸でも、この力のおかげで自分たち姉妹の絆が普通より強いものになったと、静は感じていた。だから、妹の変化に気づいてやれなかったのだと、そう気づいた。初めから、あんな風だった訳がない。自分の、両親の甘えが、詩にはずっと負担だったのだ。それから、「詩が生まれなければ、自分は普通に生きられたのではないか」という考え、それをきっと、詩は感じ取っていただろう。妹と離れてしまえば、そんな考えとも訣別できて、静はすっきりした。自分がいなければ、詩だって、ただの詩でいられる。