静が4歳のある日、両親は静がある能力を持っていることを確信した。その瞬間、娘を見る目が、日が落ちる様に変わった。そのときの枯葉みたいな表情を、静は鮮明に覚えている。両親は、静の手が悪魔の手になってしまったことを、本人に説明した。悪魔の手で触れるだけで、人から奪ってしまう。そこに何の意志もなくても、生き物の生命力と心を、奪ってしまうのだと。そして奪われたものはどこへも行かず、ただ消える。その力は、人間に限らず、生きているもの全てに対して有効だった。母は静に実感させる為に、野良の動物を触らせ、それが弱る様を見せるという行為を、何度も繰り返した。そして静はその度に無意識に働く自分の力を、事実を確認し、最後に確信したとき、心の一部が削り取られた気がした。両親は、周りにバレないよう細心の注意を払って静を育てた。まるでタレントの不祥事をひた隠しにするマネージャーのように。
そんな絶望の家族の唯一の救いが、妹の詩だった。詩は、まさに静と対の存在だった。詩は、静が奪ったものを返すことができた。詩だけは、静が触れても何ともなかった。直接触れ合うことのできる唯一の存在。自分の灰色の肌で、妹の桃色の肌に触れることに、静は唯一の喜びを感じていた。
「ごめんね遅くなって」
部屋に入ってまず、静は妹にそう言った。
「なるべく、残業とかしないで、早く帰ってね」
困ったような顔で、詩はそう言った。
「うん。ご飯は?」
「まだ」
「じゃあ作るね」
すぐキッチンへ行って食事の支度を始める。詩が大学に入るときから、二人は一緒に暮らしていて、食事は主に静が担当している。最近、社会人になった妹の心配症が、特に酷くなったように、静は感じていた。前は、少し遅くなったくらいでは何も言われなかったからだ。仕事のストレスかもしれない。心配をかけないように、本当に、毎日早く帰るよう心がけよう、と静は思った。
「ねぇ、お姉ちゃん」
すぐ後ろで声がしたので、静は少し驚いた。手を止めて振り返ると、そこに詩が立っている。
「どうしたの?」
「お願いがあるの」
「お願い?」
「触れてほしい人がいるの」
詩は突然、静に抱きついた。
「詩・・・どうしたの?」
「お姉ちゃんに、触ってほしい人がいるって言ったの」
詩ははっきりと、そう言った。
「だって、私が触ったら・・・・・」
そこまで言って、静はゾッとした。自分を抱きしめる詩の腕に、まるで懇願するみたいに、さらに力が込められたように感じられた。
「何があったの?詩、理由を言って」
「どうしても、気に食わないの」