小説

『マッチ売りの幸せ』真銅ひろし(『マッチ売りの少女』)

 制度は知っていたが、詳しくは分かっていなかった。
 数分後、先生は各高校の資料を持ってきて私に見せてくれた。
 そこには特待生の条件が書いてあった。高校によって待遇の差はあるが、どれも入学金、授業料が免除になる場合が多い。それに月々奨学金がでる場合もある。
「今のお前の学力だと殆どの問題なく特待生は取れると思うが、もっと間違いないというレベルまで学力をあげた方がいいだろうな。」
「分かりました。」
「とにかく今は勉強頑張れ。3年になって担任が変わったらこの事は引き継いでおくから。」
「ありがとうございます。」
 先生は特に深く家庭の話には突っ込んで来ず、「何かあれば直ぐに言ってきなさい。」とだけ最後に言ってくれた。

 いつものように図書館で勉強し、商店街を抜けアパートに向かう。
「あれすごーい。」
 会社帰りのサラリーマンがランドセルを背負った女の子と楽しそうに帰っている。あの感じだと親子だろう。子供がはしゃぎながら上を指差す。そこには大きなトナカイとそりに乗ったサンタクロースの人形が飾られていた。
「・・・。」
 クリスマスにワクワクなんてしたことがない。
 プレゼントなど貰ったことがないからだ。
 今さらクリスマスではしゃぎたいなんて思うこともないが、やはり楽しそうな親子を見ると少し寂しさを覚える。

「ただいま。」
 真っ暗な部屋の電気をつける。
 鞄を下ろし、手を洗い、冷蔵庫を開ける。
「・・・。」
 例によってビール以外何も入っていない。今日は焼きそばすら入っていない。周りを見渡すとカップラーメンが置いてある。
 やかんに水を入れて火にかける。
 青い炎がやかんを暖め始める。
 じっとそれを眺める。
「・・・。」
 他と比べると自分はあまり恵まれた環境では育っていない。けれどそれに対して悲観したり泣き叫ぶということはない。
 こんなものだ。
 と、どこかで諦めてしまっているのかもしれない。達観したませた子供というわけではない、父に生活の改善を望んでも無理だろうと思っているからだ。そして自分に出来ることは今の所勉強しか思い浮かばない。
「あっ。」
 炎を見ていて思い出した。
 すっかり忘れていた。
 クリスマスプレゼント・・・。
 私はクリスマスプレゼントを貰っていた。
 あれは確か幼稚園の頃に絵本を買って貰った。題名は『マッチ売りの少女』だ。何故父がその絵本を買って来てくれたのかは分からないが、クリスマスプレゼントにこの絵本を買ってきた。
「・・・。」

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