ベンケーはチョコレートでハチの巣だ。四方八方からチョコの小箱で突きをくらい、逃げ場なく押しつけられ、もはや息もできない。
「待って!」
女子の中の一人が叫んだ。
「この人……!」
女子たちがはっとしてベンケーから離れる。静まり返る女子たち。
「気絶してる!」
ベンケーは立ったまま気を失っていた。しばしの間、そして、
「ラッキー、今のうちっ!」
女子たちは、わぁっと我先にと裏門になだれ込み、ベンケーをなぎ倒し、踏みつけて行く。その衝撃にはっと意識を取り戻したベンケーが起き上がると、時すでに遅し。目の前には一人の女子だけが残っていた。
「キミは!」
彼女は、いつかベンケーが助けた三つ編みの女の子だった。
「あの、あの……」
彼女はたっぷりと時間を使って、ベンケーに小さな箱を差し出した。
「これは?」
「あの、あなたに……」
「オレに?」
ベンケーの脳内に花が咲いた。そこはあの世かと思わんばかりの一面の花畑。
「あはは、あははは!」
ベンケーと彼女が手とつないで走るイメージが彼の脳内を支配した。しかし、彼女はベンケーにそれをおしつけて渡すと、その横を走りすぎて校舎の方へと走って行った。
「……ん?」
オレにチョコ? くれたのに、うし若を追ってる? 混乱するベンケーの頭に二つの文字が、ぽやんと浮かんだ。それは、「義」と「理」。
「ぶはぁっ!」
今日一番のダメージをくったベンケーはその場に倒れ、天を仰いだ。抜けるような青空だった。飛行機が雲を引いてゆったりと飛んでいる。うし若は今頃どうしているだろう。あいつのことだ、女子につかまるなんてことはオレがいなくてもないだろう。もう少しここで倒れていれば、校舎を一回りして戻ってくるかもしれない。そしたら、二人でどこに逃げて行こうか。彼女にもまた会えるかな? 気づくとベンケーに笑顔が浮かんでいた。はじめて出会ったときのうし若の傘の色のような青空をその瞳にうつし、ベンケーは素直に思った。うし若に会えてよかった、と。オレ様で、無邪気で、破天荒で、人間離れしている彼のことが好きだと思った。そして、彼のおかげで彼女に出会えた。彼女がくれたチョコレートはさぞかしおいしいだろう。たとえ義理だとしても、こんなに心が躍るんだから。