小説

『嘘でいいから』阿G(『サトリのワッパ』)

 ちなみに秋月の話によると、彼の症状は私とはタイプの違う皮膚系のものであり、全身に蕁麻疹や痒み、赤みが出てしまうらしい。学校では食事前にトイレの個室で注射を打っているが、やはり完全には症状を抑えこめず、嘘を吐かれると両の二の腕がわずかにムズ痒くなるそうだ。
 私が呼吸器系の障害なのを告げると、秋月は
「ああ、『しがはな』のヒロインと一緒か」
 と頷いた。
「読んだの、あれ?」
「いんや。あ、でも舞台版は観たよ」
「舞台?」
「東京の劇団がちょっと前に舞台化してさ。割と好きなんだよね、演劇。――黒木は読んだ?」
 私は首を横に振る。
「そっかそっか。舞台はけっこう良くてさ、思わず物販で原作買っちゃったんだけど、活字読むと眠くなっちゃうんだよね、俺。結局、最初の数頁しか読んでなくてさ。あ、良かったら貸そうか?」
「いいよ」私は再び首を振る。「どうせ、全部嘘でしょ」
 いつからだろう、「物語」を素直に楽しめなくなったのは。
両親の影響であんなに大好きだった映画も、今では全く観なくなってしまっていた。
 私の言葉に、秋月は「うーん、まあ、そうなんだけどさ」と頭を掻きながら言う。
「ほら、舞台上の出来事ってたしかに作りごとだけど、俳優さんの言葉を聴いても症状って出ないじゃん?」
「え?」と思わず訊き返す私。
「あれ?知らなかった?」
 芝居なんて普段観ないから、と私は小さい声で言い訳をする。
「そっかそっか――役者さん達にはお客さんを騙してやろうなんて悪意はなくてさ。きっと舞台で起こってることは、あの人達にとってはもう一つの現実で。なんていうか、それを感じるのが好きなんだよね。どんな有りえない出来事も、舞台の上では嘘じゃないっていうか――いや、上手く言えねえけどさ」
 恥ずかしくなったのか、照れたように笑う秋月。
 私が黙っていると、秋月は「あ、忘れるとこだった!」と両手を叩いて続けた。
「それで、黒木はどうしてモデル引き受けてくれる気になったわけ?」
 ぐわ。その話は流れたと思ったのに。
「何だよ、教えてよ。あ、もしかしてネットで俺の写真見て感動しちゃったとか!?」
「……」
「……あれ?」
「……」
「もしかして、マジ?」
「……」
「ねーねー。黙ってないで答えてよ」
「……」

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