「そういえばさ」自分のことは話し終わったとばかりに、シャッターを切りながら秋月が尋ねる。「黒木は、どうしてモデルをオーケーしてくれたの?」
ああ、その質問が来たか。このまま訊かれずに済むかと期待していたのだが。
私は「んー?」と間延びした声を出しながら、適当な言い訳を考える。
皺だらけのルーズリーフに書かれていたのは『※別にエロい写真とかじゃないから!』という文章と、そこから伸びた矢印が指し示す、ホームページのアドレスだった。
私は携帯にアドレスを打ち込み、指定されたサイトを開いてみた。
私と同い年の高校生が運営する、自身の撮った写真をアップしているサイト。ハンドルネームは「TAKUMI」――秋月だ。
指で液晶画面をスクロールしつつ、写真を順に見ていく。
夕焼けを背景に河川敷を歩く人々の影、
雪に覆われた庭を駆け回る二匹の犬、
宙を舞うシャボン玉に手を伸ばす女の子、
アスファルトに寝そべって欠伸をする猫の接写、
青空にかかる円形の虹――
専門的なことはわからない。しかし、画面に映る色彩豊かな写真達は、理屈抜きに私の心を掴んで激しく揺さぶった。
絵画などと違って現実の一瞬をそのまま切り取ったはずのそれらが、何故こうも普段自分の見ている世界に存在しない種類の美しさに満ちているのかがわからなかった。
秋月の目には、世界がこの様に見えているのだろうか?
だとすれば、自分と彼の違いは何なのか?彼の目に、自分はどう映っているのか?
どれくらいの時間、サイトを眺めていただろう。
私は秋月のことをもっと知りたくなっていた。
明日、申し出を受けよう。いつの間にか、そう決めていた。
それで何が変わるのか――そもそも、何か変わるのかはわからない。
しかしそれでも、そんな不確かな「何か」に期待をする自分がいた。
――なあんて恥ずかしいモノローグ言葉にできるか馬鹿野郎!邪険にしてきた手前、なおさらだ。
そんな私に追い打ちをかけるように、秋月は無邪気に問いかけてくる。
「黒木、言ってただろ?『モデルなんて面倒臭い』って。それとも、そんなにマック好きなの?」
舐めんな。ファーストフードに釣られるほど安い女じゃねえ。
「別に大した理由はないよ」
そう言い、あくまで気の無い態度を装う。
「単に、『あんたから逃げ回る面倒臭さ』より『モデルを引き受ける面倒臭さ』の方がまだましだと思っただけで――」
「嘘だね」
「――え?」
穏やかながら、はっきりとした断言。思わず固まる私に、秋月が続ける。