後ろを振り返ると、秋月は自分の席に戻り、周囲の男子と談笑をしているところだった。
私はルーズリーフをくしゃっと丸めると、スカートのポケットへ乱暴にねじ込んだ。
その晩。
帰宅した私は、母親に「夕飯は後で食べるから」と言い残し、早々と二階の自室に引きこもった。
両親の腫物に触るような態度も、私をうんざりさせる一因だった。
制服のまま、ベッドにドスンと身を投げ出す。一日で一番心が安らぐ時間だ。やはり、例の韓国映画の主人公が羨ましい。私も監禁してもらえないかなあ――食事が餃子だけなのはちょっときついけど。
そんなことを考えながら寝返りをうつと、太もものあたりに何かゴワゴワしたものが当たった。ポケットに手を入れ、それが丸めたルーズリーフだと気が付く。後で捨てるつもりが、すっかり忘れてしまっていた。
上体を起こし、勉強机の隣に置かれたくずかごに、バスケのフリースローの様に投げる――が、惜しくも届かず。私は溜息をついてベッドから降り、紙のボールに手を伸ばした。
かごの中に放り込む前に、拾ったそれを何の気なしに広げてみる。皺だらけになった紙面に改めて目をやった私は、小さく眉をひそめた。
ウサギから間を空けた、ルーズリーフの下部。そこには教室では気が付かなかった、小さく書かれたメッセージがあった。
翌日の放課後。
私達の姿は屋上にあった。この場合の「私達」というのは私と秋月のことであり、予期せぬ私の快諾に秋月はすっかりはしゃいでいた。
「いやー、諦めなくてよかったー。毎朝納豆食べてるから、粘り強さには自信があるんだよねー、俺」
「ちゃんと、歯は磨いてんでしょうね?」
「勿論!見てよ、芸能人顔負けのこの純白の歯を!」
そう言って笑う彼の手には、首から下げた一眼レフが握られている。
「よーし、それじゃあまずは、軽く何枚か撮ってみよっか。カメラ見て」
集合写真以外でカメラを意識するなんていつ以来だろう?
私は右手でつくったピースサインを、顔の横へとぎこちなく持っていった。クラスの女子達を真似て、人指し指と中指で瞳を挟む様に傾ける。
「――うん、馬鹿か。怖いわ!黒髪少女の無表情横ピースってお前。子供が見たら夢に出るわ!」
意外と辛辣だった。なけなしのサービス精神が裏目に出たらしい。
「まあ、別に無理して笑う必要とかもないけどさ――じゃ、ちょっと位置変えるか」
その後も私は秋月の指示に従いながら、慣れないなりにモデルに徹した。レンズを見たり、遠くを見たり。手すりに手を置いたり、給水タンクに寄り掛かったり。
そうこうする内に空は徐々に赤みを増していった。校庭からは野球部の発する掛け声が聴こえてくる。
秋月は私をリラックスさせるためか、それとも単にお喋りなのか、撮影中もずっと私に話しかけた。対する私は短い相槌を打つだけなのだが、気にした様子もなく話し続ける。おかげで私は、訊いてもいないのに「最近の写真部ではデジタルカメラが主流なこと」「しかし秋月は父親から譲り受けたフィルムカメラを愛用していること」「秋月の父親はその界隈ではそれなりに名の知れた写真家であること」などを知った。