まあそれはいいとして、秋月の言葉に嘘は含まれていない。どうやら、完全に私の早とちりだったらしい――うっわ、恥ずかし!私、恥ずかし!
大いに心乱されつつも「それじゃあ、一体何の用?」とあくまでポーカーフェイスで私は尋ねる。
「うん、実はさ――」言いながら、目の端の涙を拭う秋月。「――黒木に、モデルを頼みたいんだ」
「モデル?」
「そう。俺、写真部に入っててさ。モデルを探してるんだよね、作品の」
両手でカメラのシャッターを切るジェスチャーをしつつ、秋月が続ける。
「黒木って、休み時間とかよく一人で屋上にいるだろ?この間その時の姿見て、なんか、ビビビッと来てさ。いや、こう、儚そうな雰囲気がもうマジでイメージぴったりっていうか!あ、今のは褒めてるからね?だからさ――写真、撮らせてもらえないかな?」
私は腕組みをし、秋月の要望を吟味してみる。
「……まあ、断る理由はないけど」
「おお、マジで!?」
「でも、引き受ける理由もない」
「……んん?」
「強いて言うなら、『面倒臭さ』が『ボランティア精神』に勝るかな。そういうわけだから、他あたって」
「お、おい、黒木――」
追いかけてくる声を振り切り、帰宅の途へつく。
恋人の次は「モデルになってくれ」、か。私はそっとしておいてほしいだけなのに。
まあいい。これだけつれなくされれば、彼も諦めてくれるだろう――なんて期待した私が甘かった。秋月のしぶとさは、映画で言うならゾンビどころかターミネーター級だったのだ。
イヤフォンで音楽を聴き続ける私の席の正面に回り込み、秋月は相変わらず「聴こえてるー?」「もしもーし」などと呼びかけ続けている。
あれから一週間、秋月は勧誘の鬼と化し、場所を問わずに私にアプローチをかけていた。
無視、無視。
私は音に集中する為に目を閉じる。
ちなみに、歌は適当にiPhoneに叩き込んだものをランダムに再生しているだけで、歌詞の内容は知らない。軽快なヒップホップは他愛もない恋の歌なのかもしれないし、あるいは麻薬の受け渡しについてのものなのかしれないが、変に意味などわからないほうがいい。
こうしている今も教室の誰かの口から出た嘘が鼻孔をひくつかせるが、私はただただ曲に集中する。そうして今日も、苦痛でしかない休憩時間が過ぎるのをひたすら待つのだ。
そろそろ次の授業かなと目を開くと、秋月の姿は既になく、机の上には一枚のルーズリーフが残されていた。見れば、シャーペンで書き殴りのメモが残されている。
『マックおごるからさ!お願い!』
字の下には両手を合わせてこちらにお願いしている、漫画チックにデフォルメされたウサギの絵が描かれていた。これまた漫画の様に口から飛び出た吹き出しには「なにとぞ、なにとぞ~」と付け足されている。わりかし絵心があるのが余計に腹立たしい。