小説

『ある魔女の話』まる(『ヘンゼルとグレーテル』)

あの手紙が来てから何日か経つ。私はパンを焼いていた。まだあの手紙の答えは出ていない。いや、もしかしたらもう出てるのかもしれない。私はやはり命を奪うことなんてしたくない。もともと、人々の願いを叶えて幸せにしてあげたくてこの仕事に就職したのだが、実際はそんなんじゃなかった。ただ単に上からの命令を聞いて実行するだけ。その命令がたとえ人間を不幸にするものでも。
「私はこんな事をしたかったんじゃないはず。」
そんなことを口からこぼし、パン釜から見える火をぼうっと見つめていた。その時だった。後ろから思いっきり力を加えられた。私はバランスを崩し釜に入ってしまった。それから、かんぬきを掛ける音が聞こえた。突然のことに何が起こったのか理解できなかった。いや、これだけはすぐに理解出来た。このままじゃ死ぬと。何で突然こんな事を?誰が?とあれこれ考えてみる。
「なるほどね、そういうことなのかな。」
これをやったのは妹のグレーテルだろう。あの子にしか出来ない。では、なぜこんな事したのか。これは、職場の上の方々の仕業なのだろう。私がなかなか食わないから命令に背いたということで私を消す方向になったのだろう。そして、何らかの形で私を釜に入れる様仕向けたんだろう。ついに、切り捨てられたか。
「熱い・・・」
釜に閉じ込められてしまってはどうにも出来ない、焼け死ぬのを待つのみだ。
「こんなはずじゃあなかったのにね。」
人を不幸にする仕事内容でも上の指示だからって理由でやりたくなくてもやって、馬鹿みたいに何でも言う事聞いちゃって。
「自分の夢、全然叶えられてないじゃん。」
最初は人を幸せにする願い事を叶える事が多かった。でもそれは次第に変わってしまった。だんだんと不幸に過激になる事が多くなる。理由は単純だった。そっちの方がみんな楽しむから。刺激を求めてくるから。
「・・・せめて最後ぐらいは人が幸せになるような事してあげたいなあ」
そう思い、力を振り絞る。あの子達が宝石などの財宝を得られるように魔法をかける。多分これで大丈夫なはず。幸せになれるはず。そこである事に気付く。
「幸せといえばお金って考えになっちゃってるのか・・・はは、もっといいのがあったと思うんだけどなあ。」
そう言って苦笑いを浮かべ、魔女は力尽きていった。

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