小説

『桃のアフターケア』島田悠子(『桃太郎』)

「も、桃太郎、これなに!」
「マイクロバスだ」
 ま、まいくろばず?
「じいちゃんがノリノリで運転してる」
 まいくろばずとやらの中からわぁーっと小鬼たちが出てきた。か、かわ、かわいいーっ! なんて小さい角、よちよち歩きの子もいる! みな、そろいの水色の上着を着ている。
「あの服はなに?」
「ばあちゃんが縫った。ほら、鬼ってパンツ一丁だろ? おなかが冷えるからな」
 よく見れば水色の上着の胸にピンクの桃のマークがついている。桃太郎、しっかりオレアピールしてる!
「イヌも一緒にやるか?」
「やるって、なにを?」
「イヌだぁ! イヌがいたぞ、捕まえろーっ!」
 ダッシュでボクに向かってくる小鬼たちは……、げっ、かわいくない! なんか目がギラギラしてる! これは、やばい!
「今日は基本の鬼ごっこだな! ちょ、待て待て、みんな、整列っ!」
 桃太郎が小鬼たちを制すと、小鬼たちは桃太郎の前に並んだ。うそでしょ、なんていい子たちなの! 桃太郎がよちよち歩きの子鬼を手慣れた手つきでおんぶひもにからめて背負う。
「よし、と。じゃ、鬼ごっこ、はじめっ!」
 桃太郎がさっと木に飛び移り、そのまま家の屋根に飛び移った。
「高いとこは卑怯だぞ、桃太郎!」
 小鬼たちがわぁわぁと叫ぶと、桃太郎は、ははははと笑った。
「悔しかったらついてこい! オレに爪を立ててみろ! トイレに行きたくなったヤツは早めに言えよ!」
 桃太郎がいずこかへと飛び去り、残されたオレに小鬼たちの視線が集中する。
「……もふもふ」
「……もふもふしてる」
「……もふもふしたい!」
 無数のくりくりおめめが光っている。ひそひそ言われ、状況を察したオレは死ぬほどダッシュして逃げまくった。どこかで高みの見物を決めているのだろう、桃太郎の笑い声が聞こえた。はははは、と。笑うな、桃太郎! 笑ってないで、た、助けてくれーっ!

 翌朝、オレの家にサルとキジが遊びに来た。彼らは開口一番にこう聞いた。
「おイヌはん?」
「なにしてんねん?」
 ムリもない。オレは小鬼たちにもふもふされすぎて毛玉になってしまった全身の毛を泣く泣くハサミでカットしていた。夏でもないのに、こんな丸刈り、泣けてくる! オレはばあちゃんが土産に持たせてくれたきび団子をふるまいながら桃太郎の近況についてサルとキジに報告した。
「昨日、桃太郎んちに行ってきたんだ」
「桃はんのおうちに?」
「桃は元気にしとったんか?」

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