小説

『カラカラ・ネーブルオレンジ』室市雅則(『檸檬』)

 大きなスーパーマーケットがある。イズミヤ。
 こんな近くに便利そうなスーパーがあったのかと感嘆しつつ、店の中に入り、カゴはとらずに果物のコーナーへ向かいレモンを探す。
 メロンやイチゴと一緒に並んでいるであろう黄色くて、紡錘型のあいつを探す。
 ない。
 あらへん。
 『レモン』と書かれたタグはあるのだが、もぬけの殻である。
 商品の整列をしている小太りの男性店員がいたので、レモンが欲しい旨を告げた。
「ああ、すんません。レモンないんですよ」
「売り切れですか?」
「いや、レモンって言うか、柑橘類が全く入って来ないんですよ。グレープフルーツとかもないんです」
「え?」
「ほんま不思議なんですけどね。全世界で今、柑橘類が全く取れていないらしいんです。あ、レモン汁ならありますけど?」
「いや、それじゃちょっと」
「ですよね。すんません」

 私はイズミヤを出て、店の脇に置かれたベンチに腰をかけた。
 ちょうど目の前に、観光客でみっしりの路線バスが信号で停まった。すし詰め状態で苦しそうだが、彼らは旅行に来る余力がある。方や、スーパーマーケットのベンチに座る私は今、快適だが、旅行なんて夢のまた夢。
 ちくしょう。
 何としても、レモンを手に入れなくてはいけない。

 これだけの都会であるのだから、どこかに一個くらいあるだろうと河原町に向かった。道中で見かけたスーパー、個人商店、ついには高島屋、藤井大丸、大丸のデパ地下も探したが、見つからなかった。本当になかった。
 これはナイスアイデアかもと以前ガイドブックで見かけた『レモンサワー』が有名な立ち飲み屋を覗いたのだが、そこは瓶のレモンサワーを提供していたので求めているものとは違っていたし、たまたま見つけた果実サワーをメインにした店も、レモン並びに柑橘類は売り切れとなってしまっていた。
 よりにもよって、このタイミングで、世界から柑橘類が消えてしまっていた。
 だが、どうしても今、私を覆うグニュグニュをレモンで吹き飛ばしたい。

 こうなればもう神頼みしかないと思って、四条通を八坂神社に向かって歩いた。
 京都といえば八坂神社。安直な発想であるが、私は基本的には王道が好きだ。

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