小説

『カラカラ・ネーブルオレンジ』室市雅則(『檸檬』)

 四条通は観光客でごった返していて、自分のペースで歩くことができない。さらに急に止まったりされ、ぶつかったりしても、私の方から「あ、すみません」と謝ってしまったりと卑屈が、こんな時にも出てしまって、さらにグニュグニュがグニュグニュする。

 無事に八坂神社に到着し、参拝をする。
 賽銭を取り出そうと財布を検める。五百円玉が一枚、一円玉が一枚のみ。
 こういうのって、金額の多寡じゃなくて、気持ちだよねと一円玉を賽銭箱に奉納をし、手を合わせた。
 レモンが手に入りますようにお願いします。
 こうして八坂神社を出た。
 夜のとばりが下り始めている。
 どこへ行こう。
 四条通を西に戻り、四条大橋から鴨川を臨んだ。
 恋人たちが河川敷に等間隔の距離をおいて座っている。羨ましい。じっと見ているのも、苛立つ一方なので、川面を眺めた。桃太郎ならぬレモン太郎みたいに、どんぶらこと流れて来ないかしらと思っていると、新歓コンパに向かうらしい大学生の一団が、騒ぎながら私の脇を通ったので、思わずそちらに顔を向けた。
なんと眩しいこと。
 眩しくて、めちゃムカつく。絶対、レモンを手に入れて、こいつらをこます。

 活力を得た足が何故か木屋町へと向かった。
 高瀬川沿いの歩道を北へとずんずん進む。
 そして、不思議と右に曲がりたくなったので道を渡って、交番の脇を入ると先斗町であった。
 さらに北へ進んでいくと歌舞練場の前で、台車で野菜を売っている腰の曲がったおばあさんがいた。野菜を売っているのが、おばあさんばかりなのは不思議だ。おじいさんは収穫担当なのだろうか。
 このおばあさんとの遭遇は神のお導きだろうか。だって、全くノープランで歩いていて野菜売りのおばあさんと出会うのだもの。
 私はおばあさんに声をかけた。
「レモンありませんか?」
 おばあさんは腰を曲げたまま首を横に振った。
「すんませんな」
 そうだよな。全世界でレモンがない中で、このおばあさんが持っているとは思えないもの。
「ですよね」
「でも…」
 そう言ったおばあさんがカゴの中に手を突っ込んだので、私は息を飲んだ。

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