小説

『カラカラ・ネーブルオレンジ』室市雅則(『檸檬』)

 では、それはどのようなものだい?と尋ねられると、腕を組んで唸ることしかできない。これは感性の問題であって、他人には分からないだろう。とにかく、ぐっと来るものがあらず、私は壁の薄い部屋に籠っていた。
 気楽に暮らしていると思われるかもしれないが、何もせず、そうやって部屋に閉じ籠っていると、鬱屈したものが溜まる。
 根がポジティブに出来ている私も、胸と腹の間の辺りにグニュグニュとしたものが蠢いているように感じる。これから、私はこの先、一体どうなるのだろうと影が差すのだ。しかし、これを晴らすために飲む酒代もないし、美味いものを食べる余裕もなくて、グニュグニュはもっとグニュグニュする。
 そうしていると以前に読んだ梶井基次郎の『檸檬』が思い出された。
 あの小説の主人公も京都に住み、今の私のような気持ちを抱えていた。そして、レモンを爆弾に見立て、それを爆発させるという空想で靄を霧散していた。
 何だか、気持ち良さそうな気がする。
私もやってみようかな。
 丸善は、今でも京都BAL内で営業しているし、レモン一つくらいは買える。
 せっかくならば、レモンも小説内で登場した店で購入をしたいが、調べると、どうやら、すでに閉店をしまっているらしい。
 ならば仕方がない。
とにかく丸善にレモンを置き去り、グニュグニュを吹っ飛ばそう。

 久しぶりに家を出ると案外と暖かかった。
 マンションを出て、下立売通を左つまり東に向かおうと思ったが、出て右つまり西に行ったすぐ近くに八百屋があったのを思い出した。
 数十歩で八百屋に着いた。かなり近い。
 玉ねぎやナスが笊に盛られ、キャベツが箱のまま置かれている。どれも新鮮そうな野菜だったが、ざっと眺めた限り、レモンはなかった。
 店頭に誰もおらず、声をかけると、腰が曲がったおばあさんが奥から出てきた。
「いらっしゃい」
「あの、レモンありますか?」
「すんません。あらへんのですわ」
「ああ、そうですか」
「すんませんなあ」
 ここは果物を扱っていないのだろう。ならば、仕方がない。 
 私はおばあさんに一礼し、店を離れて、街の方へと向かった。

 下立売通が堀川通にぶつかって、そこを下っていくと堀川丸太町に差し掛かった。

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