小説

『カラカラ・ネーブルオレンジ』室市雅則(『檸檬』)

 京都府京都市上京区千本東入ル下立売通。水車がトレードマークの山中油店すぐ近く。
 ここに私が住むマンションがある。
 馴染みのない方は、この住所の判読は難しいだろうし、地理的なものも想像しがたいだろう。
 特に『下立売通』の箇所。
 これは『シモダチウリドオリ』と読む。
 『シモダチ』という響きには、中学生であれば、ソワソワしそうなものがあるが、私は三十を超えたおっさんなので、さすがにぴくりともしない。
 そして、地理としては、二条城の割と近くと申し上げれば、分かり易いかもしれない。
 とにかく、ここに私の住む賃貸マンションがある。
 いや、格好をつけてしまった。『マンション』とは名ばかりで、実際はアパートとかコーポと申し上げる方が正しい安普請である。
 何せ、隣人のくしゃみはもちろん、その後、鼻をかむためのティッシュを摘む音さえも聞こえるほど薄っぺらい壁に囲まれた部屋なのだ。
 家賃は、管理費ならびに水道費込みで四万円。
 そんな所に私は住んでいる。

 ラグジュアリィとは程遠い部屋ではあるが、住めば都。そして、私にとっては憧れの街である京都に居を構えているという事実が非常に重要で、自己充足できていた。
 しかし、その実、虚しさが多い状態にある。
『クリエイティブかつ自由に生きていくんだ』と鼻息荒く、生まれ育った神奈川県は横須賀市を飛び出し、好きな土地というだけで選んだ京都に越してきたが、何もないのである。何度か観光にやって来たことがあるくらいで、縁もゆかりもない、知人もいない、仕事もないのである。
 であれば、息巻いたクリエイティブとやらをやりなさいよと思われるだろう。私のそれは小説を書いたり、脚本を書いたりする系統ものなのだが、私がクリエイティブを担っていることは、社会的な認知は全く受けていない。秘密にしているというわけではない。自身で勝手に、私はクリエティブを行うと申し上げているだけ。つまり、自称なのである。だから、それで金銭を得る仕事は発生しない。単純に、きっかけと掴むための賞に応募をしようと、気分が乗った時にだけ、パソコンに向かってクリエイティブを満たしている。
 それで飯が食えれば良いが、労働をしなくては稼ぐことができない。仕事を見つけなければならない。しかし、京都に越してきて一週間、何も行動を起こしてない。と言うのも、コンビニでピックアップした無料のアルバイト誌を寝転がりながら眺めはしたのだが、ぐっと来るものがないのだ。働くためのツボを刺激するものがない。
 決して勤労意欲がないわけではない。せっかく京都に越してきたのだから、アルバイトといえども、その土地らしい仕事に就きたいのだ。

1 2 3 4 5 6 7 8