小説

『エンドレスなメロス』もりまりこ(『走れメロス』)

 ディオニスは怒ってた。めっちゃ怒ってた。

 誰かの夢のなかにそっと入り込んで、みんなもっと違う夢をみているって思ったのに、それはまったく俺の見ていたものが、指をすこし延ばせば届いてしまうような近さにある。
 みんなちがうゆめをみていると思いすぎてるんやないかと、そういうふうな錯覚を起こしてるんやないかと。
 たったったったた。走ってる。止まってない証拠にその場ランニングでしのぐ。眼の前には大好きな画家、門脇御籤の新作展<インマイドリーム>の看板が見えたから立ち寄った。
 青い空のどこか。ゆめのように天使たちが描かれている。絵の中にはいる。
 そこに天使がいることがとても日常のあたりまえの風景にみえてきて、ゆらっとする。ここっていう場所がここなのにここじゃないような。
 みえなかったものがいや見える人にしかみえなかったかもしれない天使が、このフロアーに一堂に集まっている。彼女たちが放つ空気。
 そのことをどうにか言葉にしようと薄物の形容詞を重ねようとするけれど、さっきからうまくいかへん。それは、俺がいま試されてるからや。
 さっきから走って走りたおしててん。そこのジャンジャン通りを右に曲がって、駅からここにまっしぐら。そしたらだいすきな画家さん。唯一好きな門脇御籤の絵がちらっと見えたから、ええんとちゃう少しぐらいって感じで、寄り道したった。

 ほんまになんで、俺、ディオニスが走ってんねんって思う。だからなんか腹立ってきて、お腹も空いてきたし、絵でも眺めて忘れたろうって思ってたら門脇さんの天使に出逢ってしもって。ほんまにこれは「夢十夜」やなって思う。こんな夢をみたって夏目さんは書いてはるけど、それは俺もみたことあるって思ったことあったもん。俺がついこの間まで王やった時は、天使の夢なんてばんばんみててん。現実逃避や。そしたら、門脇さんも絵のモチーフにしてはって。天女みたいな天使。俺のゆめのなかを門脇さん知ってはるんかと思った。 

 返す返すも、ほんまになんで俺が、ディオニスなんやって。
 なんでディオニスが走ってんねんって。走るいうたらメロスやろう。
 そやねん。俺はもともと王とかのポジションやないと思う。なんかほんまに広い意味でのミスディレクションやなって。
 つまりかいつまんでいうとね。最大級の災害とかが起きた時に、王とかがうっかり死んでしまって、国がたちゆかんときにじゃぁ誰が治めるねんって時あるやんか。いやないほうがいいんやけど。こんなご時世なにがあるかわからんやんか。そういうときには、指定生存者いう仕組みがあって。今の王がだめになったら、次あんたが大将みたいな制度。なんかまかり間違って俺が指定生存者にされてしまっててん。

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