小説

『とある夫婦とブランコ』鷹村仁(『夢を買う』)

「長いわね。」
「うん。」
「先の事が不安?」
「・・・うん。」
「成功出来ないかも知れないから。」
「・・・うん。」
「お金も。」
「うん。」
「健康面も不安?」
「うん。」
「妻への罪悪感も一杯?」
「うん。」
「でも、まだちょっとお笑いやりたい?」
「・・・うん。」
「・・・。」
 妻は何も言わずに立ち上がる。
「帰ろう。」
 そう言って手を出してくる。妻は笑っている。
「どうしたの急に。」
「いいから。」
 妻は手を前に出す。少し恥ずかしかったが、ブランコを降りて手をつないだ。懐かしくつないだその手はとても柔らかく、そして寒空の下だったからとても冷たかった。
「あのさ、聞いていい?」
「なに?」
「・・・俺と結婚して幸せ?」
 この言葉に妻は目を丸くして、大きく笑った。
「そんなにおかしいかな。」
「おかしいに決まってるじゃない。今までで一番面白いわ。」
 ケラケラと笑い続ける。
「そんなに笑わないでよ。」
「いいじゃない。お笑い芸人なんだから。」
「笑われるのと、笑わせるのは違うの。」
「そうね、ごめんなさい。」
 妻は笑いを堪えて、自分を落ち着かせるように、一呼吸置いてからゆっくりとこちらに体を預けて来た。
「ちょっと、ちょっと、どうしたの?」
「いいからちょっとこのまま。」
 今更胸が高鳴ったりはしないが、妻の行動にどう対処していいのか戸惑った。そして少しの沈黙が流れた。風の音、木の葉が揺れる音だけが聞こえてくる。
「・・・好きなようにやりなさいよ。何年一緒にいると思ってんの。」
 その声はとても冷静だけれど温かかった。
「ごめん。」
「謝らなくてもいいでしょ。」
 妻は手を後ろに回してくる。
「ちょっ、外なんですけど。人が見たらどうすんの。」
 慌てて声をかけるが、やめようとはしなかった。
「あのね、今日のライブね。」
「・・・。」

1 2 3 4 5