小説

『かぐやへ』本谷みちこ(『竹取物語』)

 帝が帰られたあと、すぐに歌が届いた。部屋にいっても、かぐやは全く返事をしないので、とりあえず私が返歌を作り、使者に持たせた。これであきらめて下さるといいが。
 ところが、今日、この文。
 どうしたものか。悩んでいると、部屋よりかぐやが出てきていた。
「体は大丈夫なのですか?」
 私が聞くと、かぐやはクスリ、と笑った。
「最初に出会った時も、そうおっしゃいましたね。かあさまは。」
「…よく覚えていますね。」
 かぐやは答えず、私の手にある文を見た。やさしく、力強い字。帝の想いが、あふれている。
 かぐやは、文を読んでいるようだった。いつもなら、開くこともないのに。
「帝からです。どうしますか?」
 もしかして、と思い、聞いてみた。
「返事の文を書きます。…後悔は、したくないので。」
 とうとう恋したのね!それも帝に。
 成長した~かぐや。
 でも、後悔したくないとは、どういう意味か。
 それを悟ったかのように、かぐやは、私の顔をじっと見た。
「かあさま、私、3年後には月に戻らねばならないのです。」

 帝とかぐやの、文のやり取りが始まってから、もうすぐ3年が経とうとしていた。
 私は、横になっている翁を、扇いでいる。彼の口は半開きで、涎が垂れてきた。厨の方からは、いい匂いがしていて、庭からは、虫の鳴き声。平和だ。
 かぐやは、時々月を見ては、悲しげな顔をしている。だが、こんなに穏やかな日々なのに、彼女が「月に戻る」なんて想像できない。このまま、帝とかぐやは結ばれる。そして、私はこの屋敷で、翁と穏やかに年老いてゆく。
 それでいい。
 少しばかり残念な気持ちが、心の端にあった。
 いけない。このままでいられるなら、それが一番なのだ。
 その時、女中の一人が、部屋へ入ってきた。
「お方様、姫様の様子がどうもおかしいのですが」
「どうおかしいのです?」
「月を見て泣いておられます。」
 「かぐやが、泣いていると?!」翁ががばっと起き上がった。

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