小説

『かぐやへ』本谷みちこ(『竹取物語』)

 私たちが、かぐやのもとへ行くと、お付きの者が、お部屋にこもられました、と告げた。御簾からは泣き声が漏れている。
 とうとう、来たのか。この時が。
「どうしたのじゃ、姫。訳を聞かせてくだされ。何かあったのか?」
 何も知らぬ翁は、姫が泣いてばかりなので、何か起らなかったか、周囲の家来に聞いて回った。しかし、皆口をそろえて、月をしばらくみていて、急に泣き出した、と言う。
「月が何だというのだ。姫、教えてくだされ。」
 しばらくして、姫は泣き止み、部屋の外へとでてきた。そして、予定通り、広間へ家中の者を集めよ、大事な話がある、と言った。
 私は、皆と一緒に、かぐやが、もともと月の人で、近々月に帰る話を聞いた。悲しむふりをしながら、頭の中では、あの時の話を、思い出していた。

「…3年後、とは、えらくきっちり決まっているのですね。」
 我ながら変なことを聞いている。本当なら、「月に帰るって、どういうこと?」とか驚くのであろうが。
 かぐやは、そんな私を見て、またクスリと笑った。
「やはり驚かないのですね。確か、初めて私を見たときも、すぐ近寄ってこられた。」
「何故でしょう?あなたを、すごく知りたかった。」
「3年は…『美しく』なるための猶予として頂きました。かあさま、立ち上がっていただけますか」
 かぐやに言われるまま、私は立った。
「背筋を伸ばして。私と会った時のように」
 わたしは嫗のふりをせず、本来の自分に戻った。かぐやは、私を見上げている。
「…やはり美しい。今も」
「前から気になっていたのだけど、なぜ私が『美しい』の?若いって言っても、もう三十超えたし、体はその辺の殿方より大きいし、腕や足も太い。顔もあまり…だし…。あなたの方が、よっぽど美人。顔は可愛いし、華奢で小柄。文句のつけようのない姫よ。」
 私がまくしたてると、かぐやは不思議そうな顔をした。
「だから、です。」
「え?」
「月は、光で満ちている。とても眩しいの。だから、皆この帽子を着ているのです。」
そういって、かぐやは、初めて会ったとき、彼女が来ていた被りを出した。
「かぶってみて。」

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