小説

『かぐやへ』本谷みちこ(『竹取物語』)

 髪上げの際、家の者に言われ、私ははっとした。髪上げをして、名付けをすれば、たちまち彼女は、世に知られるであろう。たぶん、彼女の本当の「おかあさま」にも。彼女が美しく成人したと知ったら、連れ戻しにくるのではないか。
 自分の想像に恐ろしくなり、私は、それを振り切るように立ち上がった。大丈夫。成長したと言っても、彼女は小柄だ。「長く」ないし。たぶん。
 ととのいました、と帳の中より声がし、御簾があげられた。その場にいたものが、同時に息をのむ。この世の者なら誰もが認めるであろう、美しき姫が、そこにいた。

 かぐや、ご飯は食べられていますか。家やお金には困っていないでしょうけれど。ついつい気になります。帝と初めてお会いしたあと、あなたはしばらく食べられませんでしたね。あの時は、またやせ細ってしまうのではないかと、私はとても心配でした。
 あなたは、帝に恋をした。それ故に、苦しんでいた。
 あなたが、自分で帝への返歌を書き始めたことを知ると、翁は、とても安堵しておりました。とうとうかぐやも、大人になったのだ、と。
 あの時、あなたが話してくれたことは、翁は今も、知りません。

 とうとう帝が文を送ってこられた。
 返事を書かねばならぬ。それも歌で。

 家が裕福になり、私もかぐやも、作法や詩歌など、さまざまな勉強をした。かぐやは、普段話す言葉は、出会った頃より格段に流暢になったが、読み書きは苦手で、特に「歌」は、理解することから難しいようだった。「文は読めるけれど、意味が分からない」とよく言っていた。
 予想通り、かぐや姫の噂を聞き、多くの殿方から文が届いた。そのころ、かぐやは一向に殿方に興味がなく、実際歌も詠めないので、返事はせず無視した。家に押し掛ける方も後を絶たず、その中でも、あまりにしつこい、いや熱心な殿方が5人いて、無視だけでは諦めなかった。かぐやと私は、おろおろする翁をよそに、色々作戦をたてて、結果5人とも、こっぴどく追い返したのだった。
 帝は、それまでの殿方とは違い、行動力も半端なかった。いきなり家に入って、かぐやに直接会うとは。この世の者は、帝には逆らえぬ。私とて、事前に帝本人が来られることを、知っていたとしても、翁が屋敷の門を開けることを、止められなかっただろう。
 あの日以来、姫は、部屋に閉じこもって食事も摂らない。少し白湯を飲む程度だった。
 翁は、以前のように腰痛を訴え、布団にもぐってしまっていた。

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