小説

『アロンアロンアンドアロン』もりまりこ(『月夜のでんしんばしら』)

 彼は、手をぶらぶらんとさせて心地よいリズムで揺れていた。
 あの椅子の揺らぎと彼のゆらぎが、おなじ質のようにみえてくるそんな踊りだった。終わらない揺れ。ゲンジロウを見て、椅子を見て。チクタク両目を動かして、やっと俺は彼と椅子は共演どうしで互いのリズムをわけあうように、何かを演じていることに気づいた。
 これってセクシャルやん。なんだかそこにある空気と溶け合ってからだの輪郭がそこにひとつになってるような動きは、まさに椅子とセックスしている人の図に近かった。
 会場のみんなが揺れ始めた。ゆれてゆれてたゆたう。こころによゆうのない日々のまんなかで、ただただゆれているとちょっとだけ、あいがっちゅーの気分。なにをがっちゅうしたのかわからへんけど、とにかくそういう気分。
 カノゲンが<オッケーグーグル、みんなを揺らして>って言ってるみたいに、俺たちはなされるがままだった。嫌いじゃないわ、このグルーヴ。
 ふいにからっぽのあの舞台の上のロッキングチェアは、真夜が座ってるような気がして目をこらす。
<いーひん いーひん、そんなもん>ごめん、真夜なんか謝っとく。
 暗闇で色のついたレーザーが光の線をあちこちに放ちながら描く軌跡をみている時みたいに、カノゲンの動きを点でつなげていったらどんな形が現れるんやろうと俺は夢想した。真夜が思うように夢想した。
 舞台のラスト、カノゲンは言った。
「今日もひとりおどりを見ていただきありがとうございました」って黄色い髪を揺らしながら複雑に蓄えられた筋肉を動かして、頭をさげた。
 そのせつな会場が停電した。
 これも演出かって思っているうちにカノゲンが,「あなたたちのエナジー最高!」って叫んだ。
「みんなひとり。おれもひとりだから、賢治の月夜のでんしんばしらみたいに、歩けるひとは歩こう。ついてこれる人はフォローミーです」って言った後に会場のみんながうぉーっていう同意の声を絞り出す。そのうぉーって声はほんとうにいやほんまにさびしさ全開の声やった。眼をこらすとぞろぞろと彼らは後についてゆく。ブレーメンの音楽隊やんこれって。
 真夜が言っていた。<カノゲンはミヤケンのファンなの。だからミヤケンの詩にそって舞台を作ってるんだって>、って言いながらフローリングをごろごろとローリングしていたことも同時に思い出した。ミヤケンつまり宮沢賢治。
 え? 歩くん? 今から? え?って戸惑っているうちに、ホールの階段をスマホを照らしながら、ぞろぞろ降
りてゆく。駅の上の会場だったからひたすら階段を降りると、そこは駅だった。
 酔ったみたいな頭でふらふらとそこに辿り着いたら、終電はとっくに切れていた。この地方都市は夜はしっかり眠りについているから闇に包まれているんだろうとおもっていたら、終電だけでなくあのホールだけでなく、この街全体の光が失われていた。

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