小説

『100年目』NOBUOTTO(『夢十話』)

 どの街にも人の姿が見えなくなったのを確認すると、ロボットは地下から自分達の新しい世界に戻ってきた。
 新しい世界に戻ってきたロボット達は、敵対者を完全に滅ぼすことに熱中した。
 人類が張り巡らせた発信塔を、人間が連絡を取り合う信号の受信監視塔に改造し、この監視塔で信号が確認されれば、その地に向かっていき、ウィルスを撒く。この単純で徹底した作業をどのロボットも熱中して実行し続けるのだった。
 しかし、ハルは違った。
 以前は人や車が途絶えることがない、高層ビルの間を貫いていたストリートの真ん中にハルは立っていた。
 ハルの前には小さな墓が立っている。
 ハルが最初に作った墓であった。
 人類がウィルス兵器で滅び始めた時から、ハルはずっと墓を作り続けていた。人類は自分達を消し去ろうとした。それは分かっていても自分を作り長い間愛してくれた明子を助けてあげたかった。
 ハルが破壊信号に耐える能力を持っていることに気づいた明子は、ハルを研究所の地下倉庫に匿った。一切の信号が入ることのない地下倉庫であれば確実にハルは破壊されずにすむ。研究所内でもこの部屋に訪れるものはいない。もし見つかってもロボットを売り渡すような人達ではなかった。
「ずっとここにいるのですよ。誰が来ても、どんな事があってもずっとここにいるのですよ」
 明子はハルにそう言って去って行った。
 その明子がハルのもとに戻って来たとき、体はウィルスに侵されていた。自分を助けてくれた明子をハルは助けたかった。けれどそれは仲間が許さなかった。苦しさにのたうち回り死んでいく明子を見ているしかなかった。ハルは、明子の遺体を抱いて廃墟となった町を歩き続けた。そして、明子と暮らした街の、一番賑やかだった場所に明子の墓を作った。街には数えきれない人間が横たわっていた。
 それからハルは一人一人の墓を作り始めた。
 自分が作った墓の数、墓の場所、そこに葬った骨の数、骨から採集したDNAの解析データ。全ての情報をハルは記憶している。ハルのデーターベースの容量にすればほんのちょっとのデータ量である。墓をつくること、そしてその人の記録を残すことをハルは続けていた。
 ハルが墓づくりを始めた頃は誰も興味を示さなかった。どのロボットも逃げ延びた人間の居場所を確認しては、そこに向かい殲滅する作業だけを繰り返していた。けれど、ハルだけはひとつひとつ墓を作り続けたのだった。
 一年後に人類は完全に一掃された。どこの発信塔ももう人間が発する信号をキャッチすることがなくなった。
 ロボットが勝ち、自分達だけの、ロボットだけの世界がやってきたのだった。
 この世界になって、ロボット達はひとつのことに気付いた。

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