小説

『書架脇に隠れる小さな怪人』洗い熊Q(『オペラ座の怪人』)

 男の子三人は教室内をぐるりと周回すると、そのままの勢いで出て行ってしまった。
「まったく、あの子達は……」
 私は溜息交じりにぼやいていた。

「真理子先生、あの子たち出入り禁止にした方がいいよ」
 図書委員の女の子の一人が近寄りながら私に言って来ていた。
「そうね……直接、言い聞かせるより、あの子達の担任に相談してみるわ。クラス知ってる?」
「確か二組。四年だよー」
「四年二組か~」
「??」

 私がぼやく様に言って不思議がってる。実はそのクラスの担任の先生が苦手なのだ。
 男性の教師だが、熱血とは言わないまでも少々暑苦しい感じの方なのだ。
 余りに迫って話し掛けて来てくれるその男性教師に、最初は私に気があるのかと勘違いした。ただ語りたいだけの人と分かっても、もう最初の印象だけ焼き付いてしまっている。

 彼と正面向き合って話し合うのか。そう憂鬱になると自然と視線が教室を見廻していた。
 幾人かと読書する生徒達。窓から差し込む白い光が、木目での反射でそれ色に染まっている様で。
 ただ柔らかく包み込んでいる空間。
 嫋やかな雰囲気の片隅に私は何時もの彼を見つける。

 分厚い書籍が陳列する高い本棚。その下の床に座り込んで。
 まるで隠れ潜み、大きな本を抱え込む様にして頁を捲っている。私はそっと彼に近づいていた。

「拓真君。見るなら机に座って見て」

 声を掛けたのに拓真君は無反応。上から見ている本を覗きこむと陸上生物の図鑑だ。
 頁全体に広がる動物達の大きめの写真。何時も彼は写真付きの書籍を好んで観ている。

「拓真君。ねぇ」

 やや強めの私の口調に、ようやく彼は振り見てくれた。
 うんとも頷かず、彼は素早く図鑑を本棚に戻すと、そそくさと立ち上がって教室を出て行ってしまった。呼び止める暇も無く。いや、私にその気が無かった。
 何時もの事だから。彼の態度も様子も。

 
 杉山拓真君。確か三年二組だ。チラリと見た名札で。
 印象的なのが名札の明記に“すぎやま たくま”と平仮名で書かれていた事。
 担当する学年が違い、それ以上は知り得なかった。

 彼は気付けば図書室にいる。

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